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2021-12-22 00:00
(連載2)拡大抑止の信頼性を向上させるために
笹島 雅彦
跡見学園女子大学教授
(見捨てられ論と拡大抑止への不安)
用語の定義のために引用されたのは、『立法と調査』(参議院常任委員会調査室・特別調査室)第309号(2010年10月1日)の報告書でした。これは、小川伸一・元防衛研究所研究部長が執筆したもので、オバマ政権当時の「核態勢の見直し2010」をめぐる国会論議の参考資料として提供されたものです。小川氏はそれ以前、著書「『核』軍備管理・軍縮のゆくえ」(芦書房、1996年、p325)の中で、「米国が、その強力なハイテク通常戦力にもかかわらず、冷戦後にあっても先行使用を維持しているのは、通常戦力のみでは海外駐留米軍や同盟国に対する生物・化学兵器攻撃を抑止できるか否か定かではないからである」と指摘しています。また、中国の不使用宣言については「戦略的に不合理であり、非核国である非同盟諸国向けの政治的プロパガンダの色彩が濃い。ちなみに、インドは中国の不使用宣言がインドに適用されないと解釈している」と否定的です。
土山實男・青山学院大学名誉教授は私と同郷(ともに福井県出身)の先輩で、日ごろから教えを乞うている立場です。ご紹介の著書は、トゥキュディデスの「戦史」を材料に現代の安全保障への教訓を引き出している優れた教科書です。土山教授は別の共編著「日米同盟再考」(亜紀書房、2010年、p30-37)の中で、同盟のディレンマについて「巻き込まれる恐怖」と「捨てられる恐怖」の二つの不安を指摘しています。野党側は専ら「アメリカの戦争に日本が巻き込まれる」可能性を問題視するわけですが、保守層側では、米国から見捨てられる恐怖が頭をもたげています。尖閣諸島問題で、米政府に対し、繰り返し日米安保条約第5条の適用範囲であることを日本が確認するのは、その表れかもしれません。
拡大抑止の面では、日本がミサイル攻撃を受けた場合を想定して、「アメリカはニューヨークを犠牲にして東京を守るのか?」という問いが冷戦時代から投げかけられてきました。米政府の模範解答は常に「イエス」です。ですが、現代の内向きの米国世論の反応はどうでしょうか。連邦議会や世論が反対する中、米大統領は報復に乗り出すでしょうか。これは米側の「巻き込まれる恐怖」です。不使用宣言は、これまであったはずの日本に対する安心供与を一つ外すことにつながります。
(核のボタン:六つの疑問点)
また、クリントン政権時代の国防長官ウイリアム・ペリーと核問題研究者トム・コリーナの共著「核のボタン」(2020年)を紹介されています。この本は、米大統領選のさなか、昨年6~7月に日米同時出版されたものです。それによると、冷戦後30年経っても、米露の大陸間弾道ミサイル(ICBM)は奇襲攻撃に備えて「警報即発射(Launch-on-Warning: LOW)」態勢を整えている。間違った情報や不安定なリーダーシップ、誤警報などによって、大統領は短時間のうちに核ミサイルを発射するか否か、ぎりぎりの判断を求められる。誤警報はこれまでにも米ソ双方で発生しており、万一、大統領が発射命令を下せば、相手国へ先制攻撃してしまい、偶発的核戦争に発展する危険と隣り合わせの状況は今も続いている。これに対処するため、LOW態勢を解き、ICBMをすべて退役させ、核の先制不使用政策を採用するなど10の勧告を出しているー-というものです。
ペリー氏は、サム・ナン元上院議員(民主)、共和党系のジョージ・シュルツ元国務長官、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官と共に2007年1月、米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」に「核兵器のない世界」と題する共同論文を寄稿しました。これは世界的反響を呼び、その後のオバマ大統領のプラハ演説(2009年)につながっていきます。4人の中で、ペリー氏は「ペリー・プロジェクト」を創設し、現在、最も力強く核軍縮運動を進めています。同じ民主党系のペリー氏の助言は、バイデン大統領やその側近にも影響力があるでしょう。
私はペリー氏らの提言に一部賛同しますが、大半は首をひねっています。ここでは、七つの論点に絞り、六つの疑問点、一つの賛成意見を列挙します。
(核の発射権限)
第1。まず、核の発射命令を出す権限は大統領ひとりに限定されていますが、連邦議会にも核の先制使用の決定に関わらせることで、決定過程に時間的余裕が生まれる、というものです。しかし、これは大統領1人の決断を強調しすぎるあまり、現実の大統領政策決定過程を無視しているようにみえます。実際は、核の使用について大統領は閣僚や側近に相談し、法的問題がないか、確認します。トランプ大統領がイラン攻撃のオプションを検討したときも、周囲から合法性の問題の指摘を受け、断念に追い込まれています。仮に、連邦議会も決定に加わると、大統領が承認していないのに、熱狂する世論に押されて議員たちの多数派が核の使用を可決したとき、果たしてどちらの決定が活かされるのか。決定過程が複雑になり、はなはだ疑問が多いところです。
また、トランプ大統領時代は大統領本人の資質と判断力、勘違いも懸念されたところです。抑止の3条件の一つ「情況についての理性的な相互理解」が米中間で発揮された事例の一つが、米中軍幹部同士の連絡網です。マーク・ミリー統合参謀本部議長は、トランプ大統領が核兵器を発射して事態の混乱を招き、政権の維持を図ろうとしているのではないか、と疑い、大統領選挙の間近(2020年10月30日)と、今年1月6日の連邦議会襲撃事件の2日後(1月8日)の2回、中国中央軍事委員会連合参謀部の幹部に電話をかけるなど、緊迫した局面があったことが発覚しました。ミリー氏は電話で、米国は中国を攻撃しないと保証したそうです。(9月14日付「ワシントン・ポスト紙」及び、ボブ・ウッドワード、ロバート・コスタ共著「PERIL(ぺリル)危機」、2021年)。結局、事なきを得ています。制度面でも、合衆国憲法修正第25条第4節(大統領の職務不能=自発的でない引退)が用意されており、トランプ政権時代に発動の可能性が複数回、浮上したこともあります。(つづく)
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