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2021-07-06 00:00
(連載1)コロナ禍とわが国の危機管理の根本問題
袴田 茂樹
日本国際フォーラム評議員/青学・新潟県立大学名誉教授
日本政府はオリンピックを前にワクチン接種を拡大するために「職域接種」の実施を認め、それが開始された。しかし、多くの職域ではまだ準備を始めたばかりなのに、すぐに「ワクチン不足」とかで中止が発表された。政府の無策或いは場当たり主義には絶句する。コロナ感染の問題に対し、世界の大部分の国は、国家の安全保障の問題、国民の非常事態として対応している。一方わが国では、国民の間にも政府や政治家の間でも、そのようにこの問題を国民を守る国家安全保障の問題だとの認識が希薄である。日本国憲法には、米、独、仏など通常の民主主義国の憲法にある非常事態条項さえなく、強制力のある非常事態宣言も出せない。コロナ危機対策の国家最高責任者が、経済再生担当大臣というのもブラックユーモアじみている。
わが国では、「非常事態宣言」ではなく、「緊急事態宣言」とごまかし、国や地方自治体が国民に対処できることの大部分は、要請レベルに留まっている。また、国と地方自治体が責任のなすり合いもしている。最近になってようやく、メディアでもコロナ問題は国の安全保障の問題だと指摘されるようにもなった。本稿ではそれに関する問題を述べた後、日本の医療界に対して私が長年抱いてきた疑問について述べたい。
新型コロナに関し、「リアリズムの視点がこれほど有益に思える時はない」といった指摘がある(詫摩佳代『アステイオン』2021.094号 5.31発行)。私も、安定していた冷戦時代がむしろ例外で、国家間、民族や氏族間、宗教間の紛争が続いてきた「歴史の生地」の部分は、何百年経とうと簡単には変わらないというリアリズム的観点をこれまで強調してきた。もちろん、21世紀には、分野によっては過去には到底考えられなかったようなグローバル化が進むことを否定するものではないが。第2次世界大戦後は、核兵器の存在もあり世界大戦は起きていない。しかし、核兵器に代わるものとしてサイバー攻撃などのハイブリッド攻撃も登場し、今後は化学兵器やバイオ兵器の使用も懸念されている。それゆえ多くの国が化学攻撃、バイオ攻撃に備えた研究を真剣に行ってきた。したがって感染研究も、通常は国防省や軍などが深く関わり、また、軍事と関係ない民間の感染・医療研究や製薬会社などに対しても、国が平時でも強力に支援を続けて来た。今回のコロナ禍のように、発生してから研究を始めるのでは、到底間に合わないからだ。
この点で、決定的な弱点を抱えているのが日本だということが今回のコロナ事件で明白となった。自前でワクチンも作れず、その接種を巡っても大混乱が生じ、世界に醜態を晒したからである。コロナ問題でわが国の感染者数、死者数が比較的に良好な状態にあるとすれば、それは「国の政策」の結果ではなく、優れた衛生観念とか高いマスク着用率といった「社会力」の結果であろう。ただ、今後ウイルスがより危険な方向に変異したり、別のより悪性のウイルスが発生した場合、この「社会力」だけで対応し切れるのだろうか。(つづく)
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