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2008-12-27 12:54

(連載)香港返還にみるイギリス外交の戦略的思考(2)

山田 禎介  ジャーナリスト
 中国が1964年に原爆、1967年に水爆の実験を行なうなど、国際舞台での存在感を急速に増したとき、英国は香港返還の方針を固めた。同じ香港でも、九龍と新界は英米法で一般的な99カ年租借地であり、いずれ返還されるべきものだが、香港島と九龍半島先端部は国際法上清国からの割譲地である。だが、この割譲地は給水問題が最大のネックで、九龍と新界の返還後にいくら英領で頑張っても、独立した生活圏とはなり得ない。「英国は1997年にまとめて全面返還を行う方針を固めたが、その際は『いかに高い値で返すか』が焦点だ」と、英メディアはすでに60年代に報じた。

 一方中国は、不法に清国から奪われた土地であり、英の香港統治権の根拠は「歴史的に無効」との認識だった。中国は、英国の香港支配を無効とするのであるならば、1997年を待つまでもなく「即時、無条件、全面返還」を要求すべきものだったが、そう動こうとはしなかった。それこそが中国の戦略であった。「香港は中国領土である」とする立場は留保しつつも、英国支配の現状は黙認した。自由港香港の経済活動から社会主義中国が受ける利益は多大だったが、その前にもう一つ、英国への多大な“恩義”が中国にはあったからだ。これこそがイギリス外交の「戦略的思考」であった。英国は植民地香港の維持のために新生中国を承認するという、抱き合わせの外交カードを切ったのだ。

 中国は、日中国交回復の立役者だが、ロッキード事件では被告人となった故田中角栄元首相とその周辺を「井戸を掘ってくれた恩人を忘れない」と、いまだ厚遇する国である。同様に、毛沢東が建国を宣言した中華人民共和国を西側で最初に承認してくれた国は英国であり、中国はその恩義を忘れなかった。冷戦体制下におけるソ連の友邦中国を西側盟主のアメリカは承認せず、日本など西側諸国も同様の対応を取っていた。英国の中国承認から10年後の1960年に、第2次大戦の英雄モントゴメリー元帥が賓客として中国を訪問した。モントゴメリー元帥は毛沢東主席と会談し、各地を視察して中国を絶賛した。本来の反共の軍人らしからぬこの元帥の“演技”は、英国の国益を支えるためだったのだ。英国の中国承認は香港の保全のためあり、中国にとっては英国も「井戸を掘ってくれた恩人」であったのだ。

 国家戦略はまさに歴史の長いレンジを見すえて行うべきものと思う。1997年の香港返還当時ヨーロッパ在住だった私は、衛星テレビでその模様を見た。米CNNはリアルタイムで地球の反対側のセレモニーを長時間にわたって伝えた。だが英BBCは、チャールズ英皇太子も出席し、最後の香港総督が離任する9900キロかなたのこの返還式典を、定時ニュースでも報じることはなかった。英国にとって、もはやその瞬間から、香港は戦略的要地ではなくなったのだ。(おわり)
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