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2008-12-25 12:12

(連載)クリスマスにバチカンを考える(2)

永井 俊次  団体職員
 このような、世俗の感覚を超越した歴史感覚はバチカンの十八番である。フランス革命200周年にあたる1989年、ヨハネ・パウロ2世が歴訪先のフランスで「革命批判」を行い物議をかもしたことはよく知られている。そういえば、大日本帝国が中国東北部に満州国を作ったときも、バチカンは真っ先にその承認をしたということがあった。中国の共産化を恐れたバチカンは、満州国が「反共の砦」として機能することを期待したといわれているが、今日、バチカンはこの決定についていかなる見解を持っているだろうか。

 このような独特の思考・行動様式を持つバチカンであるが、国際政治にとってもたいそうユニークな役割を担っている。1929年にバチカンが当時のムッソリーニ伊首相との間にラテラン条約を結び、主権国家である「バチカン市国」が誕生したわけであるが、現在、世界の173カ国と外交関係を持っているのは、正確に言うと「バチカン市国」ではなく、カトリック教会の総本山としての「聖座(Holy See)」である。いわゆる「バチカン」とは「バチカン市国」と「聖座」を合わせた総称である。

 ディズニーランドよりも小さい領土と600人に満たない「国民」しかいない「バチカン市国」ではなく、全世界10億人以上のカトリック教徒の総下締めとしての「聖座」であるから、これほどの影響力をもつことができるのである。バチカンの人的ネットワークは世界中に張り巡らされ、その諜報能力、すなわちヒューミントの質の高さはつとに指摘されている。冷戦期、前法王ヨハネ・パウロ2世は故郷のポーランド情勢についてCIAよりも情報をもっていた、という本当か冗談かわからない話もでたくらいである。

 プロテスタントが世俗国家内で政教分離の一翼を占めているのに対し、バチカンは、教会そのものが国家であり、選挙制絶対君主という世にも珍しい「国家元首」をもつ国制である。プロテスタントやその他諸勢力からいかがわしい目で見られることも少なくないようだが、たとえば400年前の異端者のことを、大真面目に取り上げて、その発言に国際社会が耳を傾けるという、他に換えがたい存在感と発言力は、誰もが認めざるをえないことであろう。

 東アジアの我々としては、今後バチカンが台湾と断交し、中国との外交関係を成立させるかどうかが、目下気になるところである。共産主義を、したがって共産主義国家の存在を決して認めなかったバチカンであるが、国際社会において、これほど巨大な存在となった中国、そして少なからぬカトリック教徒を抱える中国の存在をいかに認知するのか。冷戦期において、その教義的立場から「西側」と仲良くしていればよかったバチカンであるが、現代の「異端」国家に対し、バチカンはどのような歩み寄りをしてみせるのだろうか。(おわり)
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