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2008-12-02 17:11

対露関係は、伝統的北方シベリア観から脱却を目指せ

山田 禎介  ジャーナリスト
 先般の国際政経懇会合での丹波實元ロシア大使の講話概要を拝読、そのなかにある「ロシアが今のような外交姿勢をとり続けるならば、ロシアと欧米の長期的対立は避けられない。ただし、これはイデオロギー対立ではないため、『新冷戦』と呼ぶかどうかはレトリックの問題である」とのご指摘に、わが意を得た。グルジア問題などでメディアの多くが連発した「新冷戦」には何かが違うと思い続け、違和感を抱いてきた。丹波元大使の冷静な判断こそ、いまマスコミに求められているものだと痛感する。

 ところで日本の対ロシア観は、伝統的にシベリア、中国北東部と重ね、日露戦争の日本海海戦や第2次大戦の置き土産の北方領土問題などの「北方アプローチ」に収束されがちだ。だがロシアという大領域国家は、ユーラシア大小の国家群と国境を接する“多角形”の国である。“多角形のロシア”にはその角ごとに領土問題を抱えており、単独に返還に応じる気配はありえない。はるか北欧カレリアもフィンランド国民が返還を求める悲願の土地だ。グルジアとウクライナのNATO加盟問題はどうやら先送りのようだが、ロシアはこの隣国を先頭に国境の“密度が高い地域”に神経をとがらせる。その関心は依然、米欧とカスピ海、中央アジア地域と中国であろう。ロシアにとって、対日政策の優先順位は低いことを冷徹に認識することが必要だ。

 まずは一例だが、東京世田谷区上野毛と多摩川対岸、川崎市の下野毛は、江戸の昔は同じ武蔵の野毛村。旧ソ連側、イラン双方にある「アゼルバイジャン」も規模こそ違え、歴史的には同じような成り立ちだ。また日本で一般的にクリミア戦争はナイチンゲールと結び付けるぐらいの関心。だが教科書にある“準陸封国家”ロシアの南下政策は、実にさまざまな軍事、文化衝突を生んできた。ロシア、オスマン・トルコ、西欧国家群が絡んだのがクリミア戦争だ。太平洋の激戦地を忘れまじと、「イオージマ」と命名したアメリカ艦船があるが、ロシアにもクリミア戦争激戦地にちなむ軍艦「セバストポリ」がある。イギリス、トルコというこの時代の同盟国の歴史の因縁は、今も続いている。2012年ロンドン五輪を目下準備中のロンドンのジョンソン市長は、はるかオスマン・トルコ帝国宰相の子孫だ。

 日本に飛び、現在の函館。日本海から太平洋への出口の函館は「イカ漁基地に朝市」が民放テレビの定番。だが日本の開港を求めたペリー提督の来航記では、この函館を「地中海入口の英領ジブラルタルと酷似、戦略の地」と鋭くとらえている。第2次大戦でスターリンも北海道占領をと考えた。太平洋を目指すロシアが歴史的に関心を寄せてきたのも北海道であることを忘れてはならない。1976年、ソ連軍人が戦闘機で函館空港に強行着陸、亡命したミグ25事件があった。その軍人は函館が主目的地ではなく、「やむなく函館に着陸」と語ったとされる。だがペリーがすでに指摘の函館の地政学的重要性をソ連も熟知していることを、この事件は図らずも教えてくれた。
 
 だが日本は北方領土回復を求める一方、観光目的とロマンへの無頓着さから、北海道に「日本最果ての地」を勝手に定め、また宗谷海峡についても戦略海域との自覚にはほど遠い。ここは国際的には仏ルイ16世の命を受けた探検家にちなむ「ラペルーズ海峡」。歴史的にはロシアのみならず、フランスを始めとする西欧も巻き込んだ未知領域だった。ロシアに向けた領土返還の戦術があるとすれば、それは理性的「ギブ・アンド・テーク」と、軍事力、対決姿勢ではない影響力、ソフトパワーの使用ではなかろうか。その例は、良くも悪くも冷戦時のフィンランドが取った「対ソ“追従”政策」であろうし、現代では大胆に言えば、ロシアに魅力の函館地域に「対露経済友好地」とでも呼ぶべきステータスを与え、ロシアとの特恵関係を築く案を提示し、引き換えに北方領土返還問題を持ち出す方策もと考える。だがロシアとの関係強化は、既存の日米関係にきしみを生むのも必至。日本がどのような外交テクニックを使うかは試練の場となる。

 ソフトパワーにはすでに好例がある。ロシア極東屈指の港ウラジオストクの街を走る乗用車のほとんどすべてが中古日本車。右ハンドルのクルマが道路右側を奇妙に整然と走っている。ソ連崩壊までこのウラジオストクは軍事機密に包まれた軍港で、外国人は近づけなかった。公式にはそうだが、でも日本の漁船は当時、事故その他である種の条件がそろえば“極秘入港”、写真も撮ることが可能だったようだ。かつて第2次大戦終盤のヤルタの密約、ソ連対日参戦もご存じなかったのが日本当局だが、この日本漁船ウラジオストク入港問題は、当時の日本当局も非公式に知るところの、ある種のソフトパワー発揮ではあった。いまウラジオストクなどでの日本車の“洪水”にも、日本とロシアの問題解決へのソフトパワーのヒントがあると思う。
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