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2026-05-21 10:35

トランプ訪中に⾒る「時間の⽀配学」

鈴木 美勝 日本国際フォーラム上席研究員
 イラン戦争が暗い影を落とす中、9年ぶりに北京の地を踏んだ⽶⼤統領トランプの中国訪問─。それは、秋の中間選挙に向けて中国での商機を増やしたいトランプと、課題の最上位に核⼼的利益・台湾を置く国家主席・習近平の「時間の⽀配学」が好対照をなす出会いとなった。半導体、航空、⾦融などの⼤⼿企業最⾼経営者(CEO)を同⾏させたトランプは⽶中⾸脳会談に臨んだが、冒頭、習が持ち出したのは、緊張感はらむ台湾問題と併せて、古代ギリシャの歴史家に由来する概念「トゥキディデスの罠(わな)」。習は、両国が新旧⼤国の構造的リスクを除去するため、対等(G2)の⽴場で「(われわれは)新たな⼤国関係のパラダイムを創出できるか」と問い掛け、「建設的戦略安定関係」を提唱した。トランプは明確な意思表⽰を避けたが、新次元の⽶中関係構築を巡っては習が主導権を握ったことは間違いない。
 
◇習発⾔「トゥキディデスの罠」の真意
 「トゥキディデスの罠」とは、新興勢⼒が既成勢⼒に挑戦する際には衝突(紛争)が避けられないとするトゥキディデスの主張を踏まえて、国際政治学者グレアム・アリソンが提⽰した概念。古代ギリシャ以来の歴史研究を通じて、台頭する覇権国家と迎え撃つ既成の覇権国家の興亡が繰り返されて来たとの解を⾒出したアリソンは、この枠組みを⽤いて21世紀の⽶中対⽴を分析した。この概念を、習近平がトランプとの会談でなぜ持ち出したのか。   
実は、習がこの概念を使ったのは初めてではない。2015年の訪⽶の際、シアトルの演説で「トゥキディデスの罠などというものはない」と否定する形で触れた。直近では、アジア太平洋経済協⼒会議(APEC)ペルー会合の際、バイデン(⼤統領)に対して⾸脳会談(2024年11⽉)で伝えたが、「衝突回避は可能で、双⽅は共存の道を⾒出すべきだ」というメッセージだった。が、今回は違う。既に「罠(危機の⼊り⼝)」に直⾯しており、「罠を乗り越えられるか」と問い掛ける⽂脈で⾔及した。中間選挙をにらんで短期商談の成⽴に前のめりになるトランプに対して、⾃⾝の総書記4期⽬(2027〜32年)突⼊を前提に持久戦の構えを取る習が持ち出した意味については、⼀考の価値がある。
⽶メディアは即座に反応した。「習⽒の真意は、必要なら武⼒を⽤いて台湾を奪取するという中国のもくろみに⼲渉し、戦争を引き起こすリスクを冒さないようトランプ⽒に警告することにあった」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙社説)と受け⽌めたが、事はそう単純ではない。今後の⽶中関係の定義に深く関わる戦略的な側⾯に⼒点を置いたものと捉えるべきだろう。⽶中両⾸脳には、既存の国際秩序へのチャレンジと国益最⼤化に向けて⾃国ファーストを貫く姿勢に共通点を⾒いだせるのだが、最⾼権⼒者としての「時間の⽀配学」は対照的だ。トランプは可視化された実利を求めて、習は持久戦を決め込んで戦略的ポジションを⽤意周到に探って進む。
 
◇「建設的戦略安定関係」の読み⽅
 トランプの場合、「⼒による現状変更」を⽬論む⼿法は「単純明快」─狙いを⾼く定めて押しまくるが、融通無碍(むげ)も共存、⾏き詰まれば⼀つに固執せず、結果を求めてディールに動く(2025年6⽉18⽇ 配信「 新帝国主義者考─王様対皇帝『時間の⽀配学』」参照)。これが、TACO(Trump Always Chickens Out=いつも尻込みする)と揶揄(やゆ)される所以(ゆえん)なのだが、⼆国間ディールに⾛るトランプ は、取引相⼿しか⾒ておらず、⻑期戦略は無きに等しい。これに対して「建設的戦略安定関係」を提起した習近平は、トランプの予測不可能性をいかに読み当てて制御するかが最⼤のカギになると⾒ている。 その「建設的戦略安定関係」とは何か。外相・王毅(共産党政治局員)ら中国側の説明によると、気候変動、⼈⼯知能(AI)、公衆衛⽣などの分野での協⼒関係を主軸としつつ、積極的に共同利益を拡⼤、⼤国間競争は「適度な」競争にとどめる。その⼀⽅で、台湾問題、貿易摩擦、南シナ海など「敏感な争点」については対話とメカニズムで管理し、⻑期的な視点で平和共存の展望を開き、持続可能な関係を築くという概念だ。
 これは、冷戦時代における⽶ソの「戦略的安定」(核抑⽌による相互安定)関係を現代的に再解釈したものだ。核ばかりでなく、AI、サイバーなどが「戦略的安定」を脅かす軍事的ツールとなった今⽇の状況を踏まえ、中国流に読み換えた独⾃の枠組みと⾔える。また、「積極性」「⻑期性」の意味を込めて、それぞれ「建設的」「戦略的」という⾔葉を加味したが、その際、絶対条件として、台湾という「核⼼的利益」(最⼤のレッドライン)や中国の技術および経済発展を阻害する「重⼤な懸念」が⽣じないよう、中国の⽴場が尊重されなければならない。王毅は、この「建設的戦略安定関係」を「今後3年間、ないしそれ以降の⽶中関係の戦略的指針」と位置付けた。「今後3年間」は、⼤統領トランプの「残任期間(26年5⽉〜29年1⽉)」を指すが、そこには、少なくともトランプ時代においては「決定的な破局」を避けて「相互安定」を維持すべきだとの本⾳がのぞく。トランプが⼝にする「G2関係」(FOXニュース)の時期を取りあえず織り込み、タイミングを⾒計らって頂点を狙うという、期限付きの「管理モード」に⼊った形だ。が、それは、あくまで⻑期的視点に⽴って、5年先、10年先、20年先を⾒据えた「時間の⽀配学」─「国家と個⼈が部分的に合⼀化したアイデンティティー感覚」(⼤東⽂化⼤学教授・鈴⽊隆)─が習近平政治の根底にあると⾒るべきだろう。
 
◇「六つの保証」の形骸化
 習が最も⼒点を置いた台湾問題では何があったか。トランプは北京滞在中、台湾問題に関してメディアに沈黙を守ったが、ワシントンへの帰途、⼤統領専⽤機上で報道陣の質問に滔々(とうとう)と語り始めた。「(習と)台湾や武器売却などを詳細に話し合った」 「(台湾への武器売却を承認)するかもしれないし、しないかもしれない」─。台湾への武器売却問題を巡っては、昨年末、⽶議会が過去最⼤規模となる111億ドルの売却を承認したほか、追加で140億ドル規模の追加を承認する案が焦点となっているが、⽶国の台湾政策には、その基盤となる「六つの保証」という台湾に対する約束事がある。それは、「台湾関係法」と並んで、台湾の安全を担保する重要な指針で、1982年当時の⼤統領レーガンが台湾総統に⼝頭で伝達した6項⽬から成る。それには「台湾への武器売却の終了期⽇を設定しない」「台湾への武器売却に関し、中国と事前協議を⾏わない」が挙げられているにもかかわらず、今回、武器売却問題がトランプ・習会談で取り上げられた。台湾の頭越しに協議が⾏われたわけだが、これは異例中の異例のケース。まさに「台湾」が⽶中関係のディール対象になったことを意味する。これをもって、「六つの保証」ルールはもはや形骸化したと⾔えるだろう。 かくして、26年最初の⽶中⾸脳会談を機に、今後の⼤国間覇権競争は中国主導で進 むことになるに違いない。
 
◇墓⽳掘ったトランプ「カレンダー」
 親⽶派の識者の中には、「今回の⽶中⾸脳会談は、トランプ⼤統領には分が悪い中で⾏われた」と、同情気味にコメントする専⾨家もあったが、「分の悪い」環境はトランプ⾃⾝が創出したことを忘れてはいけない。それは、「時間の⽀配学」において、トランプには致命的な⽋陥がある事実と密接に絡んでいる。冷戦終結時に国務⻑官として活躍したジム・ベーカーは「政治はタイミングだ」と喝破したが、その前提となるのは、瞬時に決断するタイミングに直結する「プロセス・タイム」(定められた⼿順を完了するのにかかる時間)の意識だ。が、トランプにはこの種の「政治的時間感覚」が⽋けている。政治・外交の世界には、瞬時に、あるいは超短時間で難問を解決できる「magic wand」(魔法の杖=つえ)などないのだが、トランプは、今でも相場師の如く、秒刻みで動く「ニューヨーク時間」の中で⽇々政権運営・外交対応をしている。そうした「マジック・ワンド」感覚は、先端技術による万能社会を理想とするトランプ政権⽀持のテクノ・リバタリアンたちにも⾒られる(5⽉19⽇配信「テクノ・リバタリアン考」参照)のだが、今年早々にめくられた「トランプ・カレンダー」を検証してみると、戦略なきトランプ外交の安易さが浮かび上がってくる。1⽉3⽇、⽶国は⾃国裏庭のベネズエラに軍事作戦を展開、サイバー攻撃による停電─ステルス精密爆撃─ 特殊部隊による⼤統領マドゥロのピンポイント拘束を、わずか5時間ほどでやってのけた。この「サクセス・ストーリー」こそが、次なる標的に向かう弾みとなったのは間違いない。2⽉11⽇、トランプはイスラエル⾸相ネタニヤフと会談、その⽢⾔に乗せられて、最後はイラン攻撃を決断するのだが、頭の中で出来上がったトランプ・カレンダーは、2⽉28⽇、「壮絶な怒り」作戦に着⼿─「約4週間」で軍事作戦完了、3⽉31⽇〜4⽉2⽇に訪中(⽶中⾸脳会談)─⼤型商談をまとめて帰国、そして、訪中後にドンロー主義の下でキューバを占領、7⽉4⽇に⽶合衆国建国250周年を迎え、アメリカ⻩⾦時代を演出して、秋の中間選挙につなげるというものだったのではないか。
 しかし、トランプはイランを⾒くびっていた。斬⾸作戦によってハメネイ師以下、多くの体制幹部が斬殺されたイランは、「ホルムズ海峡封鎖」カードを切り、「捨て⾝の⾮対称戦」を展開。今や戦況は、⽶イスラエル対イランのチキンゲームとなっている。トランプは「⽯器時代に戻してやる。そこが奴らの属する場所だ」と毒づいたが、イランを究極的に⽀えているのは⽂明史的視点─メソポタミア⽂ 明に根っ⼦を持つペルシャ・アイデンティティーの誇りであることに気付いていない。「軍事的に勝てても、政治的には勝てない」。5⽉中旬、「分の悪い」環境の中で、訪中せざるを得なくなったトランプだが、それは⾝から出たサビ。イランを攻撃しなければ、「分の悪い」環境は⽣じなかったはず。トランプは、イラン戦争で墓⽳を掘ったと⾔える。
 
◇結び─⽶中時間感覚のズレ
 今回の⾸脳会談(北京)を新次元の⽶中関係への序章とするなら、9⽉の習近平訪⽶(ワシントン)に続いて、11⽉のアジア太平洋経済協⼒会議(APEC)⾸脳会合(深圳)、12⽉の20カ国・地域(G20)⾸脳会合(フロリダ州)の際にも⾸脳会談が想定され、今後、最⼤で計3回⾏われる⾒通しだ。その後、習⾃⾝の4期⽬がかかる27年秋の共産党⼤会に向けて、中国では本格的に政治暗闘の季節に突⼊。28年の⽶⼤統領選で誰がポスト・トランプの座を占めるのかを⾒極めつつ、32年の4期⽬終了までの間の対⽶外交戦略 を視野に⼊れていることだろう。農耕定住社会を起源にした広義の⽂明定義によれば、中国⽂明の発祥は紀元前5000〜6000年ごろ、イランのアイデンティティーに直結するメソポタミア⽂明のそれは同9000年ごろ。両国には、⻑射程の時間軸がDNA的戦略思考の枠組みに組み込まれているに違いない。先住⺠の歴史を断絶し「中世」を経ずして建国された⽶合衆国は、その後、フロンティア開拓など「空間の拡⼤」によって国⼒を拡張、超⼤国に成り上がった。が、⽂明史的時間感覚で⾔えば、⾼々250年の「⼈⼯国家」。イラン戦争の最中での今回の訪中が驕(おご)れる最⾼権⼒者凋落(ちょうらく)への分⽔嶺(れい)にならないことを願うのみだ。(敬称略)(時事通信【外交傍目八目】2026/5/19配信より)
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