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2025-05-22 06:49

「言論の自由」に対する共産党への重大な懸念

加藤 成一 外交評論家(元弁護士)
 「言論の自由」とは、政治的には「政府当局者に対する批判の自由であり、民主主義の精髄である。」(小泉信三著「共産主義批判の常識」小泉信三全集10巻36頁)。法律的には憲法で保障された市民的自由であり基本的人権である(日本国憲法21条)。「言論の自由」は多様な価値観の存在と対立を前提とし、言論を通じてより良い結論を得るための民主主義の根本原則である。具体的には、国民が政府および国の最高権力者を自由に批判できるかどうかが「言論の自由」の核心である。日本では政府および内閣総理大臣を批判する自由が認められていることに異論はないであろう。日本共産党の機関紙「赤旗」を含め、日本の新聞、雑誌、テレビ、インターネットなどによる政府および内閣総理大臣批判は日常茶飯事である。最近の2025年5月15日付け「週刊文春」でも自民党石破茂首相を批判する「元側近の闇献金3000万円爆弾証言」が大きく報道されているのは周知のとおりである。事実に反する報道でない限りは何らの制裁もない。「言論の自由」は欧米や日本などの自由民主主義国家のみならず、旧ソ連や中国、北朝鮮などの社会主義・共産主義国家においても憲法上保障されている。即ち、1936年のソ連「スターリン憲法」においても、言論・出版・集会・デモなどの自由が認められていた。ただし、これらの自由は「社会主義体制を強化するため」にのみ認められていた。中華人民共和国憲法35条でも言論・出版・結社の自由が認められている。朝鮮民主主義人民共和国憲法67条でも言論・出版・集会・結社の自由が認められている。

 社会主義・共産主義国家においても憲法上「言論の自由」が認められている。しかし、「スターリン憲法」では、上記の通り「社会主義体制を強化するため」との条件付である。これは、中国、北朝鮮でも同じであり、社会主義政権を批判する「言論の自由」はあり得ない。もとより共産党の最高権力者に対する批判の自由もあり得ない。万一、批判すれば下記の通り生命の危険が生じるのである。すなわち、旧ソ連では社会主義政権に対する批判は、「政府を転覆させようとするすべての行為」に該当し、刑法上の「反革命罪」として死刑を含む重罪に処せられた。中国でも社会主義政権に対する批判は、刑法上の「反革命罪」、現在では「国家安全危害罪」に該当し、死刑を含む重罪に処せられる。北朝鮮でも社会主義政権に対する批判は、「反党反革命分子」として、刑法上の国家転覆陰謀罪、祖国反逆罪、民族反逆罪、反国家宣伝・扇動罪に該当し、死刑を含む重罪に処せられる。中国については、香港、ウイグル、チベットに対する「言論弾圧」は過酷である。このように、「政府当局者に対する批判の自由」(前掲「共産主義批判の常識」)を認めない以上は、実質的に「言論の自由」が保障されているとは到底言えない。旧ソ連・中国・北朝鮮などの社会主義・共産主義国家が、欧米や日本などの自由民主主義国家と同様の「言論の自由」を認めない根本的理由は、哲学的には、自由民主主義が「多元的価値観」に立脚するのに対して、社会主義・共産主義は「一元的価値観」に立脚し、政治的には議会制民主主義ではなく、「プロレタリアート独裁」(共産党一党独裁)の政治体制だからである。前記の通り、「言論の自由」は多様な価値観の存在と対立を前提とするのである。

 中華人民共和国憲法第1条では、中国は労働者階級が指導する人民民主主義独裁の社会主義国家と規定されている。人民民主主義独裁とはプロレタリアート独裁の一形態であり、階級敵であるブルジョアジー(資本家や地主などの資産家階級)に対する独裁が行われるのである(毛沢東著「人民民主主義独裁について」世界の大思想35巻334頁以下)。マルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)におけるプロレタリアート独裁とは、「資本主義社会から共産主義社会への過渡期の国家がプロレタリアート独裁であり」(マルクス著「ゴーダ綱領批判」世界思想教養全集11巻139頁)、「共産主義革命に反対する反党反革命分子を法律によらず暴力で弾圧し殲滅する労働者階級の権力であり」(レーニン著「国家と革命」レーニン全集25巻499頁)、その実態は共産党一党独裁である。このようなプロレタリアート独裁すなわち共産党一党独裁が自由と民主主義に基づく「言論の自由」と対立し矛盾することは明らかである。

 日本共産党は、かつて自民党から「自由社会を守れ」との激しい所謂「反共攻撃」を受けたため、1976年の第13回臨時党大会で「自由と民主主義の宣言」を行い、複数政党制、政権交代、信教の自由などの基本的人権を擁護発展させる立場を宣言した(日本共産党中央委員会著「日本共産党の70年」下巻50頁)。しかし、日本共産党は、現在も党規約2条でマルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)を党の理論的基礎とし、党綱領で「社会主義をめざす権力」(改定党綱領一七)と称して、プロレタリアート独裁を容認している(不破哲三著「人民的議会主義」241頁)。そして、マルクス・レーニン主義の核心は暴力革命とプロレタリアート独裁であるから(前掲「国家と革命」432頁、445頁)、日本共産党がマルクス・レーニン主義を理論的基礎とし、プロレタリアート独裁を容認している限りは、「政府当局者に対する批判の自由」(前掲「共産主義批判の常識」)である「言論の自由」と対立し矛盾することは明らかである。

 共産党の「言論の自由」抑圧に関する具体的事例がある。評論家の立花隆氏は、「日本共産党の研究(上巻・下巻)」(昭和53年講談社)を出版し、日本共産党の戦前の所謂「リンチ共産党事件」等を取上げて批判したところ、「反共分子」のレッテルを貼られ、党組織を挙げての狂気じみた激しい「文春反共デマ宣伝」攻撃を受け、共産党が国家権力を握った状態の下であれば、私に何が起きたかわからない、との恐怖の体験を述べている(同書上巻1頁以下、下巻480頁、502頁)。これは共産党による「言論の自由」に対する通常の「反論権」を超えた不当な組織的攻撃であり深刻な問題と言えよう。立花氏は、また「近代政治史を専攻し、反体制運動史を研究していた若い研究者が、私に加えられた党組織を挙げての攻撃を見て、共産党を歴史的な研究対象とすることに恐怖を覚えたといい、私自身も慄然とした。」(同書下巻480頁)と述べている。さらに、評論家の佐藤優氏は、2021年の立憲民主党と共産党との選挙協力に関して、「それによって当選した人は自ら共産党の政策を忖度して共産党寄りになっていく」ことの危険性を指摘している(「正論」2021年7月号)。「言論の自由」に関しても共産党寄りにならないか懸念されるのであり、少なくとも「共産党批判」は一切できなくなるであろう。

 以上の通り、1976年には「自由と民主主義の宣言」をした共産党であるが、同党が「暴力革命」(敵の出方論)と「プロレタリアート独裁」(共産党一党独裁)を核心とする共産主義のイデオロギーであるマルクス・レーニン主義(「科学的社会主義」)を完全に放棄し、社会民主主義政党に生まれ変わらない限りは、前記の旧ソ連や中国、北朝鮮の状況を見ても、日本共産党が将来政権を獲得した場合に、現在の日本において国民が生命の危険なく自民党政権及び石破首相を自由に批判できるのと同じように、国民が生命の危険なく共産党政権及び最高権力者を自由に批判できるかどうかについて重大な懸念がある。共産党の「言論の自由」抑圧の事例は上記立花隆氏のほかに、近年の党中央に対し党首の多選を批判し「党首公選制」を主張した有力共産党員に対する除名問題がある。共産党の党内における「言論の自由」抑圧は、政権を獲得した場合は党内だけにはとどまらず、国民全般及び国政全般にも波及することは不可避である。なぜなら党中央に対する批判を許さない共産党の体質そのものの問題だからである。このように「言論の自由」は理論的にも歴史的にも共産党・共産主義の最大の問題であることに日本国民は注意を怠ってはならないのである。
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