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2024-12-19 02:15

中国・社会科学院日本研究所主催の日中シンクタンク会合に参加して

井出 敬二 日本国際フォーラム上席研究員/立教大学法学部兼任講師
 私は2024年12月14~15日、中国・社会科学院日本研究所が主催した日中シンクタンク会合(於中国・北京、「戦後日本の現代化プロセスと中日協力の展望」)に、日本国際フォーラムからお声がけいただき、渡辺まゆ理事長、菊池誉名常務理事、研究者の皆さんと共に参加した。日本研究所主催の日中シンポジウムは、新型コロナ禍があけてからでは2023年12月に次ぐ2回目である。「戦略的互恵関係」という表現も、政府ハイレベルでは2018年以来使われていなかったが、最近再び用いられるようになった(この会議で発表した日本側研究者による)。会議に参加した感想を、以下に記す。
 
会議概要
 主催者は社会科学院日本研究所で、同研究所とは、私も北京の日本大使館勤務時代(2004年~2007年)によくお付き合いしていた。機関誌の『日本学刊』に、私が書いた文章を掲載してもらったこともあった。当時はまだ対中ODA予算も使えたので、日本研究所がNHK国際衛星テレビ放送を受信して見れるように、日本政府から関連の機材を供与したこともあった。そのような思い出話をさせてもらった。
 北京での会議は、1日半にわたり日中それぞれの専門家たち(経済専門家が多かったが、外交、防衛、文化の専門家もいた、日中それぞれから約10人が登壇)から発表があり、議論があった。中国側からは日本語が達者な専門家が多く参加していたが、日中同時通訳で会議は進められた。終日、中国メディアも全ての議論を傍聴した。私は旧知の中国人ジャーナリスト達と再会し、インタビューもされた。
 
経済分野
 中国側が設定したテーマは、日本の現代化から中国が学ぶべきことは何かというもので、経済分野に主な関心があるように見受けられた。日本の専門家達からは、過去の経済政策と反省点(バルブ経済対策など)、日米貿易摩擦への日本の取り組み、WTO紛争解決メカニズムの利用状況などを説明した。これは中国側にとり大いに参考になったものと思う。
 中国側からは、現在のWTO秩序に対する大きな不満は表明されず、他方、保護主義、デカプリング、一方的貿易措置に反対すべきと口々に述べていた。
 ある中国側発表者から、中国はCPTPP加盟申請をしたが、加入に向けての作業は進んでいないとの発言があった。これに対し、私を含め日本側出席者から、CPTPPの要求を満たすための中国国内の経済制度改革を実現すること、また中国その他の諸国が行う「経済的威圧」の悪循環を断ち切るべきとの指摘があった。日本の水産物の輸入禁止に関連して、福島原発の処理水の問題について、中国側の認識を深め、輸入禁止措置を解除してほしいと私から要望しておいた。
 
国際社会の中の日本と中国
 私からは、国際関係の中における日本の戦後の歩みを説明し、その文脈で日中関係を回顧し、今後を展望した。
 私は、周恩来氏、鄧小平氏の領土・国境政策は、周辺国に脅威を与えず、当面は「現状維持」しつつ、時間をかけて妥協を図るというものだったと理解している。周恩来氏は、大国中国が周辺の小国に脅威を与えないように、争いごとには中国が妥協すべきとの趣旨を発言していた。これが、中露国境交渉と中印国境交渉の歴史を研究しての私の見方である。今日でも大いに参照されるべきだと考え、そのように発言した。
 ロシア・ウクライナ戦争について議論するセッションはなかったが、私は、日中間で、政府レベルでも専門家どおしでも、この問題を取り上げて、共通の認識を醸成すべきだと考えている。
 私からは、極東軍事裁判や旧ユーゴスラビア戦犯法廷などを経て、国際刑事裁判所設立に至る国際法の発展を述べた。そして今日、日本が国際刑事裁判所を力強く支えており、日中両国がこの国際法の発展の流れを共に支持することへの期待を表明した。
 
日中関係
 鄧小平氏の日中関係における役割に関連して、楊伯江・日本研究所長が「鄧小平外交思想を深く理解し、中日関係を健全・安定的に発展させる」(『深刻理解邓小平外交思想, 推动中日关系健康稳定发展』)という論文を『東北アジア学刊』(2024年4期、2024年は鄧小平生誕120周年)に発表している。私からこの論文に言及し、私も鄧小平氏の外交路線を大いに研究すべきとの立場だと述べておいた。
 上海から来た研究者からは、中国の経済発展に、日本からのODAが果たし役割を高く評価する発表があった。上海の浦東国際空港の建設では、その資金の四分の一が円借款だったと指摘した。(私が在中国日本大使館で働いていた当時にまとめた資料によれば、1997年度に400億円の円借款が浦東国際空港建設のために供与された。)この研究者の発表によれば、1990年代の中国のインフラ建設の四分の一が、日本からのODAにより賄われていたそうである。私も、中国で勤務していた当時、日本のODAの実績を広報していたので、この研究者の発表を嬉しい気持ちで聞いた。
 最近の世論調査で、日本人、中国人の相手国に対する感情が悪い状況で高止まりしていることも、双方から指摘された。安全保障については、中国側からは、日本の一部の言動や安全保障3文書における中国関連の記述に対する懸念を表明していた。日本側からは、中国の行動が周辺国を不安にさせていると指摘した。海洋問題について今回の会議では議論するセッションがなかったので、私からは海洋問題についての専門家の意見交換も重要だと指摘しておいた。
 私からは、在中国の日本人がもつ安全への懸念を指摘し、善処してほしいとの要望を中国側関係部局に伝達するように依頼した。
 
歴史
 過去の日中の歴史については、私から、日中2000年の友好の歴史と言うが、9世紀以降は、日本側がヒエラルキー的な中華世界秩序(米国の中国研究者のフェアバンクは「The Chinese World Order」と表現した)を嫌い、天皇が中国の皇帝に朝貢をしなかったので、実は国家間関係・正式な外交関係は、日中間には1871年に明治政府がイニシャチヴをとるまではなかったと指摘した(室町時代は例外で将軍が朝貢したが天皇は朝貢しなかった)。中華世界秩序から別の秩序に移行する過程で様々な問題が発生し、日本も悲惨な戦争に突入していったことに言及した。
 また私からは、過去の歴史共同研究などの取り組みに言及し、率直かつプロフェッショナルな日中間の歴史分野の対話は何らかの形で続けられるべきだとの考えを述べた。更に私からは、歴史家にとって重要な歴史的文書へのアクセスの改善、研究者が研究しやすい環境の整備などを要望した。
 
結論
 以上の私のまとめ以外にも、日中間の最近の経済分野の交流や、日中間の協力の可能性について、豊富な内容のやりとりがあった。日中間の認識がいろいろとかけ離れていると感じる局面とともに、協力できると感じられた局面もあった。やはり顔を突き合わせて、時間もかけて、お互いの疑問をぶつけあい、本音で話し合うことが必要である。
 多くの論者が指摘し、私も同感なのは、諸懸案とリスクをマネージすることと、長期的な関係を構築することの2つの次元での対話と協力が必要である。この点では、日中の多くの出席者の間で認識が収斂していたと感じた。
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