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2024-09-14 00:07

(連載1)「ウクライナ応援団」はどこへ行くか

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 9月6日にドイツのラムシュタイン米空軍基地で開かれた会議において、ウクライナへの追加支援が表明されたが、ウクライナ政府が米国などの主要支援国に強く求めてきたロシア領内深く入る攻撃を可能にする長距離砲の使用許可は、認められなかった。ウクライナ政府は、ロシアに脅かされてはいけない、という内容の主張を続けていた。しかしアメリカは、仮に使用許可を出したとして戦況に大きな変化はない、と冷淡であった。ウクライナ政府は、「支援国が提供武器をロシア領内への攻撃に使用させてくれないので、ウクライナは勝てない、(支援国が許可すればウクライナはすぐにでも勝つ)」といった言説を繰り返し流布してきた。これは現実の戦争の停滞の責任を、支援国の臆病風に負わせる、という発想にもとづく宣伝活動であったと言える。この宣伝活動の一環として、ウクライナは、強引に戦局をロシア領内に広げるため、クルスク侵攻作戦という合理性に欠ける行動もあえてとった。

 しかし長距離砲の使用で劇的に戦局が変わる、という主張については、アメリカでは軍事専門家の間でも懐疑的な意見が目立つ。また、いかに巨額の支援をウクライナに提供しているといっても、資源は無尽蔵ではない。有効活用の方法は高度に戦略的かつ知的な作業だ。「支援国がプーチンを恐れるのをやめれば、すぐにでもウクライナは勝利する」といったゼレンスキー大統領の言葉に、精緻な計算に基づく戦略があるかどうか見極めるのは、当然だ。並行して、ウクライナ政府内では大幅な内閣改造(軍高官の更迭含む)が行われ、クレバ外相も辞任した。新しいやり方が求められている。だが「支援国が臆病であることをやめれば、すぐにでもウクライナは勝利する」といった即効性のある宣伝文句は、なかなか見つからないだろう。より中長期的な視野に立った戦略の立て直しが必至だ。この情勢の中で、ゼレンスキー大統領の言葉を日本語で拡散する役目を担っていた日本の「ウクライナ応援団」と揶揄されてきている方々は、今後どうするか。

 私自身について言うと、2022年ロシアの全面侵攻開始後には、「降伏論」に異議を唱える言説を発表したことがある。それが橋下徹氏の目にとまって非難してもらったことから、私も「ウクライナ応援団」の一員だったとみなされることがある。私は、現在でもロシアの全面侵攻の違法性と、ウクライナの自衛権行使の合法性、そしてザルジニー総司令官時代のウクライナの抵抗の合理性の評価については、立場を変えていない。加えて述べれば、ウクライナ人の研究者との紛争解決に向けた共同研究も進めてきていて出版物も出し始めている。市民活動の面では、ブチャの国内避難民の子どもたちのためのアートセラピー活動支援にもかなり奔走した。22年の降伏が妥当ではなかったことは、2022年の戦局を見れば、明らかである。ウクライナは首都キーウに迫るロシア軍を排撃し、一度はロシア軍に占領されたハルキウやヘルソンを奪還した。ウクライナ軍は、2014年以降、事態に備えて準備してきていた。早々と降伏することが、倫理的にも戦術的にも妥当ではなかったことは、間違いなかったと思う。しかしアメリカの大統領選挙の日程もにらんで開始した2023年の「反転攻勢」が成果を出せなかったところで、戦局の膠着は固まった。2014年以来、ウクライナの統治を離れたドンバス地方を中核とする東部地方の奪還は、著しく難しい。それも現実だ。

 最近では、私は「ウクライナ応援団」を裏切ったかのように扱われることが多い。しかし現実を見るべきだ、と言いたいだけである。2年半前も、今も、そうである。成果が期待できるのであれば犠牲にも意味を見出せる。しかし、現実から目を背けて非合理的な作戦を繰り返し、不必要な人命の浪費していく行動は、正当化が難しい。焦りが目立つウクライナの行動から、最近では国際世論の動向もウクライナに冷淡になってきている。ウクライナ政府は、少しでもロシアに近づく国があれば間髪を入れず激しく糾弾する。自国の軍事作戦の停滞の責任を支援国の臆病さに見出し続ける。この姿勢は、外交的に見ても、持続可能性の高いものであるようには見えない。私は、2022年当初から、次のように言い続けてきている。「軍事専門家は、ウクライナはロシアに勝てないと言う。歴史家は、ロシアはウクライナに勝てないと言う。双方が正しい。」ロシアがウクライナを完全屈服させることは、不可能だろう。ウクライナの国家アイデンティティは、それを不可能にする程度に強固だ。しかしウクライナがロシア軍をいつか完全に屈服させる日が来る、と信じるのもまた、非現実的だ。どこかで必ず、二つの不可能の間で、現実の折り合いがつけられる。私は22年初めから、その観点から、戦争の終わらせ方について実際に論じてきた。(つづく)






 
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