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2023-07-21 15:58

プリゴジンのワグネルに見る私兵と反乱 黒海域とウクライナで歴史的に存在

山田 禎介 国際問題ジャーナリスト
 ロシア・プーチン政権に反乱を起こした民間軍事会社「ワグネル」の創設者エフゲニー・プリゴジンの行方については、情報がいまも入り乱れている。死亡説もある。日本ではロシアを初めとする傭兵部隊と正規部隊との関係は分かりにくく、民間軍事組織と表記するしかない。だが歴史的には各国の正規軍と傭兵部隊や私兵は、役割分担を果たすとともに、戦場で連携をしていた。例えばロシアのプリコジンの傭兵部隊も極端、乱暴に言えば、日本の戦国時代の野武士とも言えなくもない。ロシア南部を含む、黒海から南アジア地域の傭兵部隊「反乱」に歴史的な焦点を当てると、現代のウクライナ侵攻ロシアの軍事状況が、メディアにたびたび登場する旧ソ連・ロシア研究者の限られた分野の解説だけで納得出来るものでないことが分かる。モスクワ中心のロシア研究者の世界からは遥かに外れた、黒海域とウクライナにまたがるエリアだからだ。

 しかもロシアでも傭兵組織は、プリゴジンの「ワグネル」という民間軍事会社だけではない。チェチェン共和国のカディロフ首長の私兵組織「カディロフツィ」は、いまやプーチン大統領に忠誠を誓う国家親衛隊の一部ともなり、中東シリアやウクライナ侵攻にも動員された。一方ウクライナでも「アゾフ大隊」という軍事組織が存在し、それがロシア侵攻に激しく抵抗したことは記憶に新しい。また、さかのぼる第二次世界大戦時のナチスドイツによるウクライナ侵攻時には、ナチスに協力し、ドイツ軍の兵器で武装したウクライナ人部隊も存在した。プーチンがウクライナ侵攻時の最初の口実にした「ウクライナの非ナチ化」とは、この歴史に隠されたものがある。要は、黒海沿岸と現ウクライナ領域をめぐる紛争は、いまに始まったことではない。
 
 欧州大陸を横断する大河ドナウが注ぐ黒海域と、地中海を結ぶ正教会の拠点である東ローマ帝国のビザンチンを征服、イスタンブールと改め都としたイスラム教徒が支配するオスマン帝国は、何世紀もの間、その都を政治と交易の中心地として栄えさせた。その地政学の歴史が現在、ウクライナ紛争調停・和平への大きなカジ取り役としてトルコのエルドアン大統領に担わせている。同大統領が独裁者であることを割り引けば、歴史的にはトルコとしては当然のことだ。現トルコ共和国からさかのぼること遥か13世紀末に始まり、20世紀初頭の第一次大戦後に滅びるまで強大な版図を誇った「オスマン帝国」の軍事組織に、傭兵組織の果たした役割の母型がある。まさに正規軍と傭兵部隊、私兵を巧みに操ったのがオスマン帝国だった。南アジアの遊牧民を祖としたオスマン帝国の軍隊組織は、14世紀後半にまず歩兵常備軍イェニチェリが生まれ、その後、騎兵、砲兵などが形成された。東ローマ帝国は地中海世界であり、武装歩兵ローマ軍団がオスマン帝国の捕虜・奴隷となり、イェニチェリの母体ともなったようだ。一方でオスマン帝国の広大な領土周辺部には、山賊とも言うべき土着武装組織が同帝国に恭順し、栄誉を得たゲリラ騎兵部隊「アキンジ」として点在させられており、侵入者に対し眼を光らせる仕組みも持った。

 オスマン帝国は地中海、黒海では、海洋国家ベネチアと覇を競い、とりわけ黒海のクリミア半島地域、現在のモルドバ、ウクライナ、ロシアにまたがるタタール人のクリム・ハン国は、同帝国の属領。オスマン帝国のイスタンブールとの交易で繁栄したクリム・ハン国のタタール人に比べれば、そのなかでも「ルーシ」と呼ばれた現ロシアは、当時未開の地。属領クリム・ハン国は18世紀末にはオスマン帝国従属から、この時代には強国に成長したロシアに併合されている。現代ロシアを含むこの地域は、歴史的にはアジアから欧州にまでまたがる、騎馬で襲来、略奪で支配したモンゴル帝国のものが慣習で残され、さらに征服者による民族間の混血を生んだ。現代ロシアですら歴史的には“白い汗国”という表現もなされている。オスマン帝国は長らく続いたが、たびたびイェニチェリの反乱模様があり、皇帝の権威の揺らぎに見舞われている。

 巧みに正規軍と傭兵部隊や私兵を操ったオスマン帝国だが、ロシアの歴史のなかでも傭兵部隊の反乱はたびたび起こっており、時代は遥かに飛ぶが、ロシアのウクライナ侵攻で浮かび上がってきたプリコジンの民間軍事会社ワグネルの存在、そして反乱というものも、こうした風土から来ていると言える。重要なことは、ウクライナ紛争が黒海域だからこそ、かつての宗主である現代トルコの動きが見逃せないことを重ねて指摘する。このトルコの地政学的地位については、アメリカが十分過ぎるほど承知しており、米ソ冷戦時にトルコを北大西洋条約機構(NATO)に「犬猿の仲のギリシャと同時招聘する形」で加入させた。以来トルコは原加盟国の米欧にひるむことなく「NATO大国」として振舞っている。
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