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2022-12-19 10:19

国民意識の転換迫る国家安保戦略

鍋嶋 敬三 評論家
 岸田文雄内閣が2022年12月16日閣議決定した国家安全保障戦略(以下「戦略」)など防衛3文書は「安保政策の大転換」(岸田首相)であり、敵のミサイル拠点を攻撃できる反撃能力の保有、米国との統合抑止などを戦略の柱とした画期的なものだ。世界が「歴史的な転換期」にあって日本を取り巻く「戦後最も厳しい安保環境」(「戦略」)に対応する抜本的な防衛力強化を打ち出したからである。「自分の国は自分で守り抜ける防衛力」が外交の基盤としても不可欠だという認識に立つ。当然と言えばそうなのだが、戦後77年にしてようやく、の感が深い。

 前回2013年の安保戦略策定の当時、中国による尖閣諸島海域への領海侵犯が繰り返され、北朝鮮の核・ミサイル開発の進展にもかかわらず、脅威認識が甘かった。対中国関係では「地域の平和と安定のため責任ある建設的な役割を促す」とともに、「力による現状変更の試みとみられる対応には冷静かつ毅然と対応」する方針が明記された。しかし平和と安定を乱してきたのは中国である。現状変更の行動が明らかにもかかわらず、「試みとみられる対応」と遠慮した。「毅然と対応」の中身は抗議だけで効果はなく、結果は主権侵害のより攻撃的な行動の継続である。

 中国について、「戦略」は法の支配に基づく国際秩序の強化の上で「最大の戦略的挑戦」と位置付けた。これに対応するため日本の「総合的な国力と同盟国・同志国との連携」を掲げた。脅威認識は米国の国家安全保障戦略(NSS)に通じるもので、米国が目指す統合抑止戦略の共通基盤となる。北朝鮮の核・ミサイルは「重大かつ差し迫った脅威」、ウクライナ侵略のロシアは「安保上の強い懸念」と日本の安全保障を揺るがすとの認識を強めた。

 防衛力整備計画では所要経費として2023~2027年度の5年間に43兆円を見込んだ。政府は海上保安庁も含めた安全保障関連経費を北大西洋条約機構(NATO)並の国内総生産(GDP)2%に達する財政措置を講じる。不足分は法人、所得、たばこ3税の増税の方針を決めた。社会保障費も防衛費も赤字国債でなく国民の税金で賄うのが基本である。増税に対して野党ばかりか自民党内や閣内からも反対論が出た。派閥的な思惑からぶち上げているのなら、国家の大計をどう考えているのか。内閣の最重要課題で首相の方針に反対なら閣僚辞任が筋ではないか。

 岸田首相は記者会見で防衛力強化には「安定財源が不可欠だ。将来世代に先送りすることなく、今を生きるわれわれが責任として対応すべきもの」「戦闘機やミサイルを借金で賄うのが本当によいのか」「防衛力の強化は国民の協力と理解なくして達成することはかなわない。一人一人が主体的に国を守るという意識の大切さはウクライナの粘り強さがよく示している」と国民の協力を求めて熱弁を振るった。

 気になる数字がある。日本国民に「国を守る」気概が極めて希薄なことだ。国際世論調査で「戦争になったら進んで自国のために戦うか」の質問に対して日本人で「戦う」としたのは調査77ヶ国中最下位の13.2%、「戦わない」が48.7%の最高率を記録した(第7回世界価値観調査2019レポート:電通総研・同志社大学2020年9月分析)。一方で「安全な暮らしに国は責任を持つべきか」の設問に日本は5位(76.6%)とアジアの中でも突出して高い。
 
 安全保障、経済などの安心を国家の責任として求めながら、安全な生活を決定的に破壊する戦争には身を挺して戦わないという手前勝手な精神構造が見える。弾薬庫の新増設や有事の際の空港、港湾の自衛隊使用に地元自治体が拒否ないし難色を示す現状が「戦わない」国民性を反映している。自分の国を自分の手で守らない国には核大国の同盟国といえども助けに来ることはない。
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