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2022-05-01 16:45

(連載1)経済構造の弱体化と景気後退がもたらす政治危機

末永 茂 (一財)国際貿易投資研究所客員研究員
 戦争に人道的な戦争など、これまであったのだろうか。戦争は如何なる原因があろうが、「勝てば官軍、負ければ賊軍」の鉄則は揺るがない。悲しい現実であるが、それが現在のプーチンの惨劇を呼び起こし一層拡大しているように思える。ユーゴスラヴィアは1991年から2001年までの10年間、紛争が続き7つの地域国家に解体した。1991年のソ連崩壊は国内全域に及んで内戦に至らなかったが、これは奇跡だったのかも知れない。
 
 戦後の大規模な戦争は朝鮮戦争とベトナム戦争である。犠牲者の数は記録物によってかなりの幅があるが、朝鮮戦争では民間人を含めて数百万人が犠牲になり、「韓国軍+国連軍」の戦死者は18万人(うち米軍は3万人)。「北朝鮮軍+中国支援軍」は65万人というものである。ベトナム戦争では「米軍」5万人弱で「ベトナム軍」は百万人超。他に百万人以上の民間人の死者が発生したといわれている。そしてその後、前者は分断国家として今なお休戦状態が続いている。後者は旧ソ連と中国の支援の下に社会主義政権が勝利した形になっているが、その後のドイモイ政策というアメリカ主導の国際市場とのリンクによって、市場経済的発展を遂げている。戦争が終結してから、北朝鮮とベトナムは好対照をなしている。
 
 そもそも、ロシア・ソビエト的な社会主義経済というものはどのような経過をたどって形成されてきたのであろうか。マルクスの基本哲学は周知の如くヘーゲル弁証法にあり、その究極の観念は「世界精神」ということになっている。これは部分変革を想定するものではなく、世界を丸ごと変革するという一大事業の観念である。換言すれば、ヨーロッパ諸国の諸矛盾・相互対立を総体として、アウフヘーベンするというものである。さらに唯物史観という歴史仮説は盟友エンゲルスによって、科学的社会主義の実現に向けて構想された。マルクスは究極的に「自由と平等の王国」を目指す、という唯物史観的イデオロギーに基づいて、変革の対象として当時の経済社会を全的に解明するという志向をもっていた。それが『資本論』執筆の動機であり、副題は「経済学批判」である。つまり、『資本論』は資本制経済社会システムの運動法則を解明することによって、無秩序に展開する経済構造を意識的に「科学的」にコントロールすることが出来るハズだと想定している。そして、齟齬なく経済社会は運営されるべきであると。
 
 この観念から導き出される科学的方法とは、経済学を批判し合目的的な社会工学へ移行することを理想とするのである。しかし、ここで適用される経済社会指標において、社会量と自然科学(物理量)的意味における数量概念の位相が論理的に単純結合できない。誤差や誤謬が常に伴うのが社会現象であるから、これらをどんなに行政的に強制運用しても無理が出てしまう。科学的(あるいは科学万能主義的な)という、19世紀末から20世紀初頭に有力なイデオロギー故の根本的な課題である。例外は、この無理がたたっても容認可能な時期は戦時期である。従って、当初より社会主義政権は戦時体制と相性が良く育成されている。事実、社会主義国家の具体的実践的取り組みは第一次世界大戦末期のレーニン革命であった。そしてその後、資本主義から社会主義への過渡期経済論として、両大戦間期に主として減価償却に係る「経済学から社会工学へ」という大論争が展開された。
 
 この過程で第1次5か年計画が策定され、さらには戦後各国経済の経済計画策定へと連動していく。旧ソ連経済は戦時体制の崩壊と、再建への全面的移行としての戦時経済の平時化に最大の課題があった。「自由の王国」を目指すはずの理念が、結果的に『収容所群島』になってしまうのである。コミンテルンの国際共産主義運動はこのような教条的社会哲学に裏打ちされている。だが、フレキシブルな社会でなければ人間は窒息してしまうから、ウクライナは自由を求めて帝国ロシアから脱藩したのである。それ故、ロシアの従属国家化には市街戦をも厭わない。市民・国民としては当然の選択ではあるが、余りにも代償は大きい。(つづく)
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