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2020-12-14 10:08

「戦略構想共有で同盟強化」ー米報告書

鍋嶋 敬三 評論家
 「2020年の日米同盟」と題する米報告書が12月7日発表された。太平洋戦争勃発79周年の記念日である。リチャード・アーミテージ元国務副長官とジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授(元国防次官補)を共同議長とする超党派の知日派有識者による第5次のレポートである。時代の特徴を「大いなる不確実性と急激な変化」としてとらえ、衰えを知らない新型コロナウイルスの世界的流行、髙まるナショナリズムと大衆迎合主義、経済混乱、多様な技術革新、地政学的競争の中での日米同盟の在り方を論じた。特筆されるのは、日本が同盟関係の「歴史上初めて対等の役割を果たしている」と、これまでにない高い評価をしたことだ。厳しさを増す安全保障環境の中で日本が地域の秩序形成の新たな戦略を遂行し、自由貿易協定や多国間協力に指導力を発揮したことを明記した。日米同盟の課題として「共通の戦略ビジョン(構想)の実現」に注力すべきと提唱した。

 日本の「変容」について報告書は安倍晋三前首相の功績に帰すべきだとした。第一に憲法9条の解釈変更で国連憲章の下での集団的自衛権の行使を可能にして共同の国際安全保障協力に着手したこと。第二に米国のドナルド・トランプ政権が離脱した環太平洋連携協定(TPP)を完結させたこと。第三に「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)構想」によって中国の反自由主義的な野望に対抗する戦略的枠組みを作り上げたことを列挙した。首相個人の政治的指導力に基づいて同盟強化に果たした日本の役割をこれだけ具体的に示したのは過去20年間で5回におよぶ報告書の中でも例を見ない。

 日米同盟にとって「最大の課題は中国」と断定した。アジアの現状変更を目指す中国に対して、尖閣諸島への米国による日米安全保障条約第5条の適用の再確認、南西諸島の防衛力強化のため共同計画の実施などが同盟としての主要な要素だと説明した。一方で、中国との間で「競争的共存の新たな枠組みをいかに育てるか」が米国や日本、その他の有志諸国が取り組むべき懸案であることも強調している。2007年のアーミテージ/ナイ報告書では、中国が「責任ある利害関係者(a responsible stakeholder)」になり得るとの見方も示したが、期待外れに終わった。当時のもうひとつの見方であった重商主義、反自由主義体制、愛国主義的ナショナリズムに立つ中国が現実に姿を現したのが今日の世界である。「米中冷戦」が現実のものになるとは、米国で第一級のアジア通の知識人も予想できないほどアジア情勢は大変貌を遂げたということだ。台湾へ強まる中国の圧力に対しては、日米独自の台湾への政治的、経済的関与について日米間での調整に期待を示した。北朝鮮の「核」については、「近未来に非核化は非現実的」なことは明らかとして、過去25年間の対北朝鮮外交の「失敗」を認めている。その上で、抑止力と防衛力の強化によって北朝鮮の「核を封じ込める」方策を講じることが第一だと主張している。筆者がe-論壇「百花斉放」でしばしば指摘してきた米国内の有力な「核凍結論」に通じるものであり、ジョー・バイデン政権でも現実的な方策として動き出すことも考えられる。日米両国が乗り越えるべき第一の課題は「日韓関係の緊張」であるとして、日韓両国が「過去ではなく未来に焦点」を当てるべきだと指摘した。TPP参加が米国にとって不可欠だとも説いた。

 このアーミテージ/ナイ報告書の冒頭に2020年4月、急逝した元外交官で外交評論家の岡本行夫氏と夫人への献辞がある。岡本氏は日米同盟の強化、沖縄基地問題の解決に奔走し、米国の有識者の間で高く評価されてきた。異例の献辞は衝撃の大きさを物語る。日米双方に人脈がある岡本、アーミテージ両氏は偶然にも日米戦争終戦の1945年生まれだが、続く世代が育ってきたのか気掛かりだ。同盟関係の「仕掛け」はあっても、それを動かし息を吹き込むのは「人」である。日本にとってもかけがえのない人物が失われたのを惜しむ。
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