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2020-09-22 23:16

(連載1)ポンペオ長官が唱える自由と民主主義は信用できない

河村 洋 外交評論家
 ヨーロッパ人とは異なり、日本人、とくに右派の間ではマイク・ポンペオ国務長官が唱えるウイグルと香港の自由に関する言動が称賛されている。考えてみれば、これは奇妙なことだ。というのも、日本人の中でも特に右派は必ずしもパックス・アメリカーナには満足していないからである。むしろ、彼らは戦後の世界秩序に対して、リビジョニストの観点から異議を唱えている。しかし、日本人はナショナリストから穏健な一般国民まで、中国の脅威と国際的なルールと規範に対する北京政府の反抗的な姿勢に懸念を強めていることは否定できない。地政学的に言えば、アジア、アジア太平洋地域には、信頼できる多国間の安全保障枠組がない。だからと言って、単なる反中感情からポンペオ氏を自由の救世主と崇めることは馬鹿げている。
 
 去る7月23日にポンペオ氏がニクソン図書館で行なった演説には、世界中からの注目が集まっているが、これに対する専門家の評価はきわめて低い。リチャード・ハース氏は「ポンペオ氏による冷戦以来のアメリカの中国政策への批判からは、ニクソン・キッシンジャー流の地政学への理解が根本的に欠如していることが窺える」と評している。ブルッキングス研究所のトマス・ライト氏は、さらに次の観点からトランプのアメリカが行なう中国とのイデオロギー戦争は間違いだらけだと批判している。まず「ポンペオ氏は、世界が開かれて自由な民主主義体制にあるアメリカと、マルクス・レーニン主義の専制体制にある中国との衝突状態にある」と述べた。しかし「トランプ政権は、リベラルでルールに則った世界秩序を破壊しながら、中国と同様に強圧的な大国による小国の搾取が可能となる支配従属的な国際システムを追求している」と矛盾を指摘し、さらなる問題点として「トランプ氏とポンペオ氏は、他の国での人権問題はそれほど非難せず、そのうえフリーダム・ハウスによると、彼らが政権の座にある間にアメリカの民主主義は年々劣化している」とまで論じている。それでは、ポンペオ氏の有志連合の正当性は低下するばかりである。よって、センター・フォー・ザ・ナショナルインタレストのポール・ソーンダース氏は東京財団に寄せた7月29日付の投稿で「ニクソン図書館での演説は、トランプ氏のための選挙運動に過ぎない」とまで揶揄している 。
 
 ともかく、上記の専門家達は一致してポンペオ氏による同盟国への激しい口調を批判し、それでは中国に対する自由諸国連合という彼の考えとは全く相容れないとしている。冷戦たけなわの時期から、歴代のアメリカ大統領は同盟国に防衛での負担分担を求め続けてきた。よって、アメリカの国務長官が同盟国に対し、中国のような敵国に断固とした態度をとるように促すことは特に変わったことでもない。しかし、ポンペオ氏が演説の中でNATOの同盟国を大々的に批判したことは前例のないことであり、有志連合の構築には役立たないと思われる。むしろ、彼の同盟国への批判は、米欧間の亀裂をさらに深めるであろう。
 
 ポンペオ氏はイランにも矛先を向けている。昨年12月18日の演説で、彼はこの国の宗教的少数派への抑圧を非難した。しかし彼がイランの自由と民主主義にどれほど関与するかは疑わしい。アメリカン・エンタープライズ研究所のケネス・ポラック氏は「イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化は外交上の画期的な成果ではない」と評している。すなわち「これはイラクとアフガニスタンでも見られた通り、トランプ政権による中東からの戦略的撤退と軌を一にしている。そうなってしまえば、イスラエルとアラブ首長国連邦のみならず他のアラブ諸国もイランに対する力の真空を自分達で埋めねばならなくなる」ということだ。トランプ氏は、一期目の選挙運動でサウジアラビアとその他の湾岸諸国に対して、イランに対して核武装しての自衛を促したほどであることを忘れてはならない。(つづく)
 
 
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