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2020-09-14 15:32

(連載1)現実主義者・スコウクロフト氏の調整手腕と信念

笹島 雅彦 跡見学園女子大学教授
 超大国・米国の外交・安全保障政策を切り盛りする政権スタッフの中で、最も難しい立場に置かれるのは、国家安全保障担当大統領補佐官(以下、補佐官)だ。国務長官、国防長官らの間に立って、ホワイトハウスの政策調整を行い、黒子役として大統領に的確な政策選択肢を提示する。言うは易く、現実には力の強すぎる補佐官が登場するたび、政権内のパワーゲームと軋轢を引き起こしてきたポジションでもある。米上院の承認を必要としない補佐官の影響力の大きさは、各政権によって様々であり、その力量や大統領との個人的近さに左右されてきた。
 
 その中で、補佐官のモデルと高い評価を受けてきたのが、ブレント・スコウクロフト氏(元空軍中将)だ。さる8月6日に95歳の生涯を閉じた。日本では、地味な存在のような印象があるが、フォード政権、ブッシュ(父)政権の二度にわたり、補佐官を務めた。そのスコウクロフト氏と、レーガン政権時代の1987年、ワシントン市内の大学院に留学していたころ、対話する機会に恵まれた。同氏は、1973年に連邦議会で成立した戦争権限法(War Powers Resolution)について、「大統領の軍指揮権に制約を課しており、憲法違反だ」と語り、強く批判していた。この法律はベトナム戦争の反省から生まれたもの。ニクソン大統領(当時)の拒否権を覆して成立しており、ヘンリー・キッシンジャー補佐官の下で副補佐官を務めていた同氏にとっては許しがたい法律だったのだろう。
 
 また、1986年10月、レーガン大統領がレイキャビク米ソ緊急首脳会談で提案した「今後十年間で戦略核全廃」(いわゆるゼロオプション)構想については、「欠陥だらけで、実現不可能」と批判した。本人は物静かで控えめな性格。少人数で仕事を進めることを好むスタイル、という評判だった。しかし、実際の姿は調停役と言っても、しっかり直言する人物という印象を受けた。当時の大学院では、米国外交政策の問題点として、ニクソン政権下のキッシンジャー、カーター政権下のズビグニュー・ブレジンスキー、レーガン政権下で秘密裏にイランを訪問し、イラン・コントラ事件に関わったロバート・マクファーレンら、力の強すぎる補佐官の存在が指摘されていた。
 
 そこで、スコウクロフト氏が補佐官のモデルとして本領を発揮するのは、次のブッシュ(父)政権の時だったろう。ジェームズ・ベーカー国務長官とディック・チェイニー国防長官の顔を立てながら、政策調整に奔走する。大統領との個人的きずなを縦軸に、外交・安全保障政策の閣僚らと信頼関係を打ち立て、政策決定過程を協調的に進めていった。中国の天安門事件(1989年6月)が発生したとき、米政府は直ちに高官交流を停止し、経済制裁を実施した。その裏でスコウクロフト氏は、同月末、極秘訪中し、鄧小平氏と会談、半年後にも極秘訪中した。当時の趙紫陽総書記失脚の裏で、中国共産党内の改革派と保守派の権力闘争が激化していた、と分析していたからだ。この秘密外交が、翌年以降、日本が西側諸国の先陣を切って対中ODAを凍結解除し、要人訪問を再開する動きにもつながっていったのではないか。(つづく)
 
 
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