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2020-07-06 20:10

(連載1)感染症ウイルスとの「戦い」とは?

武田 悠基 日本国際フォーラム研究員
 人類にとって今般の新型コロナ禍は、「ウイルスとの戦い」という、古くて新しい挑戦を意味する。感染者が急増した欧州では壮絶な医療現場について「戦時下のよう」と形容された。また、米、仏大統領、そしてニューヨーク州知事など感染被害の大きい各地の指導者たちは、感染拡大への取組の現状を「戦争状態」と呼んだ。こうした捉え方が、「人類が生き残り(サバイバル)をかけて全力で取り組むべき問題」との認識に基づくとすれば、ウイルスが安全保障上の脅威として改めて確認された、ともいえよう。
 
 第二次世界大戦終結以降、大国間の直接的軍事対決としての戦争は抑制され、「戦争」という言葉は、「麻薬戦争」、「対テロ戦争」というように、いわゆる非伝統的安全保障分野にまで拡大して用いられるようになった。では、「第二次大戦以来最大の試練」との独首相の真摯なる言葉をかりれば、今次危機をきっかけに、世界的な感染症蔓延をめぐる「ウイルスとの戦い」は、今後「戦争(状態)」と認識し国家安全保障上の脅威として、志を同じくする各国が一致団結して対抗していく課題として定着していくのであろうか。また、ウイルスが遍く人類全体に対する脅威であるとすれば、国際社会はこれを世界大の共通敵として認識し、国際協力を推進させるのであろうか。
 
 もっとも、「戦争(状態)」という表現に、その脅威に「(生存をかけて)団結して強い意志で対抗する」というニュアンスはあっても、そこには武力衝突があるわけではないし、また特定の人為的な意図によってウイルスが拡散されない限り、それはどちらかというと自然災害的な脅威である。だが、その脅威は今回、多くの自由民主主義諸国において、第二次大戦後初めて、市民の外出・経済活動の自粛または禁止を余儀なくさせた。ウイルスの脅威によって、自由主義社会は、初めて人々の自由な合法的活動を制限するに至ったのであり、その意味において、ウイルス蔓延は保健衛生的な脅威であるとともに、市民的自由そのものへの挑戦といえよう。もはや「戦争状態」との認識に基づかなければ、それほどの制限を課すことは困難であったろうし、よって「戦争」の表現は、的を射ているのかもしれない。また、いわゆる西側的な自由を志向しない体制である中国も、新型コロナウイルスを「人類共通の敵との戦い」と認識し、体制如何に関わらず世界各国への医療支援に乗り出している。
 
 それにしても、現下の新型コロナ禍への対応をめぐり、「自由民主主義国と権威主義国のどちらが優位か」という論点はあっても、前者における、自国民の市民的自由に対する制限を、どのような手続きに則ってどの程度なら正当化可能かという問題はあまり議論されていないと思われる。また、市民的自由を、法的に制限しないまたは制限しきれない中、事態が悪化した場合にどう対応すべきかについても、今後真剣な考察・対応が必要となるであろう。例えば、マスク着用や「社会的距離」確保の是非については、国によって、さらには各人によって意見がさまざまであり、結局はそれぞれの良心に基づく選択に依拠するしかないのである。それは当初、マスクの効能に懐疑的であった国や国際機関が、その見解を撤回しつつある現状に照らしても、なお重要な論点であるように思われる。(つづく)
 
 
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