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2020-05-12 20:27

(連載1)コロナ対策は「大阪モデル」に学べ

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 5月4日、安倍首相は、緊急事態宣言の延長の決断を「断腸の思い」と表現し、この事態に至ったことをお詫びすると述べた。首相は、負担をかける国民に謝罪した。同時に、不十分な結果しか出せなかったことを、「専門家」の西浦博教授に謝罪したのだろう。「西浦モデル」では、一カ月で終息にまで持っていく道筋がつくはずだった。私からすれば、4月中旬以降の日本の新規感染者数の減少は、国際的に見て、劇的だ。しかし、西浦モデルから見れば、「期待外れ」で「不十分な」ものでしかない。もともと4月7日の緊急事態宣言発出の際に、安倍首相は1か月で終息させるかのような発言まではしていなかった。むしろ「医療崩壊を防ぐ」という実際的な目標を掲げていた。しかし、緊急事態宣言の運用過程の中で、西浦モデルに従った緊急事態宣言の理解がマスコミを通じて広く社会に流通してしまい、首相自身がそれを容認しているかのような報道まで見られた。そして西浦教授は、メディアや専門家会議の記者会見の場を通じて、現在の感染者数の減少は「期待外れ」だと断じる評価を表明していた。そこで安倍首相が、「専門家」西浦教授に、国民を代表して、怠慢と努力不足によるモデル実現の不達成をお詫びしたのだ。これは、西浦モデルを清算し、決別するための儀式だったと言ってもいいだろう。
 
 テレビのワイドショー等では全く理解されていないようだが、5月4日の「延長」会見で、安倍首相は、「医療崩壊を防ぐ」という4月7日当初の目的を、「新規感染者数を退院者数よりも少なくする」、という言い方であらためて確認した。一貫した話である。ところが、専門家会議メンバーが、安倍首相が表明した目標だけで解除を決めるとも言えない云々といった説明を繰り返した。だが根本的には、「医療崩壊を防ぐ」ために、「新規感染者数を退院者数よりも少なくする」、という目標が重要であるはずだ。今後、政府は、イニシアチブを発揮し、「医療崩壊を防ぐ」ために緊急事態宣言を発出したという原点に戻り、新規感染者(増減率)、死亡者、入院者、回復者の指標で、管理可能な「医療崩壊が防がれる状態」を作るのが目標であることを、あらためて確認し、強調していくべきだろう。
 
 さて、「ポスト西浦モデル時代」の「延長」期間で重要になるのは、各地方自治体それぞれの取り組みだ。緊急事態宣言下では、本来は自治体の首長の役割が大きいはずである。5月5日、東京都と大阪府のそれぞれのコロナ対策本部会議が開催された。両方ともビデオ中継されたので視聴してみたが、雰囲気が全く違ったので、印象深かった。東京都では、西浦教授が招かれて東京の様子に関する所感スピーチを行い、小池都知事が対策説明スピーチを行い、早々と終了してしまった。これに対して大阪府では、まさに会議の生の討議の様子が中継された。そこでは「7日移動平均で7日間の動きを見る根拠は何なのですか?」、「あ、陽性率も7日間移動平均をとるわけだから急には変動しません」、「色を付けて市民が見てすぐわかるようにしたらどうだろう」、などといったやり取りが1時間半にわたって行われた。大阪府の会議中継の手作り感は、すごい。だが、これでいいと思う。陽性者の増加率のトレンドと、重症者ベッド使用率こそ、疑いなく、決定的に重要指標だ。これは、実は「医療崩壊を防ぐ」という安倍首相が掲げている緊急事態宣言の全体目的にも合致している。大阪府はあと二つの指標(経路不明な新規感染者数と検査陽性率)を入れているが、要するに陽性者数の増加見込みをチェックするための追加的な指標だろう。扇動的なテレビのワイドショーに惑わされず、むしろ政策的に重要な数字だけを見よう、と府民を促すのは、正しいやり方であり、緊急事態宣言のプロセス管理方法として、「大阪モデル」が、ロジカルな正解だ。
 
 大阪府が、国のクラスター班の2週間前の計算式不明の実効再生産数が使えないと判断し、独自の指標を設定したのも、全く妥当である。「データは出せない」、「2週間前のことしか言えない」、「実効再生産数しか言えない」云々の「専門家」だけを頼らなければいけないなどという思考停止におちいってはいけないのである。私自身、週単位の大きなトレンドを見て、その時点の大局的な様子の確認をしているが、間違えたことがない。PCR検査数が少ないので陽性者の絶対数がわからない、といったことは、政策的な目的とは、全く関係がない話である。増減率を見るのは、トレンドを見るためであり、現状のトレンドの確認こそが、われわれがまず知りたいことだ。(つづく)
 
 
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