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2020-01-24 13:12

米国の理想主義と国際政治の深淵

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 大統領が時代の政治思想を代表する度合いが強いアメリカでは、大統領のような有力政治家の名前になぞらえて政治思想の傾向を表現するやり方が一般的によく見られる。私自身は、トランプ政権が発足した直後の2017年初頭の早い段階から「トランプはアンドリュー・ジャクソンと重ね合わせるのが当然だ」と言ってきた。トランプ大統領を「孤立主義者」だと見做した政権発足当初の「識者」の方々の説明に、納得ができなかったからだ。第7代合衆国大統領アンドリュー・ジャクソンは、アメリカ政治を大衆化したアメリカの政治思想史における超重要人物の一人である。

 19世紀前半の在任当時のアメリカの民主主義運動は、「ジャクソニアン・デモクラシー」として知られている。他方、ジャクソンは、苛烈な人種差別主義者でもあった。黒人差別は言うまでもないが、ネイティブ・インディアンに対する徹底した虐殺は、米国史においても、際立ったものだった。独立後の北米13州の「市民」たちの間では、まだネイティブ・インディアンと共存する考え方があったが、19世紀になってから合衆国に加入した南西部州の「市民」たちは、黒人を奴隷として、ネイティブ・インディアンを抹殺すべき邪魔者としてみていた。その「市民」たちの利益を代弁したのが、ジャクソンだ。「ジャクソニアン・デモクラシー」の時代に、アメリカ大陸のネイティブ・インディアンたちは、政治共同体としての存在を抹殺された。
 
 ジャクソン主義の虐殺の後、独立戦争をへて、アメリカ合衆国の理想は確立された。多くの人々は、したがってアメリカの理想とは、暴力と偽善の上に成り立っているものだ、と言うだろう。それは真実である。ただし、国際政治学者ならば、必ずしもそういう言い方を選択しない。果たして人類の長い歴史において、虐殺に手を染めたのはアメリカ人だけだった、と言えるのか?ジャクソン主義の虐殺をへて、「アメリカの世紀」と呼ばれる理想主義的な20世紀の国際社会の秩序が確立された。実はむしろ、アメリカ人とは、虐殺の血塗られた歴史を引き受けるために、理想主義の旗を掲げ続けることを誓った国民のことではなかったか?
 
 最近起きた、イランのソレイマニ司令官殺害事件は、残酷であった。ただし、有史以来最も残虐な事件であったなどと偽善的なものいいはしないでおこう。日本は野蛮なアメリカのトランプ大統領とは無縁だ、などといった偽善的なことは言わないでおこう。私ですら、トランプ大統領が人格的にも優れた素晴らしい大統領だ、などとは思っていない。だが、だからといってトランプ大統領の政策が全て間違っていてその行動からは何も生み出されることがない、ということではない。国際政治学も、国際法も、国際社会が残虐なジャングルであることを知っている。アメリカが残虐な歴史を持った国であることを知っている。それを知った上でなお、この学問と法は理想を掲げ続けている。日本人は国際政治について誤解しているものが多いが、国際政治というものは驚くほどに不条理で哲学的なのだ。
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