国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2020-01-08 05:23

(連載1)EU「戦争の記憶」決議が日本に問いかけていること

久保 有志 公務員
 第二次世界大戦終結から80年の節目にあたる2019年の9月に、EU議会において「ヨーロッパの将来にとっての記憶の重要性 」と題する決議が採択された。同決議をきっかけとして、第二次世界大戦勃発の原因に関する歴史解釈をめぐり、米欧諸国とロシアの間で論争が繰り広げられるようになった。同大戦の記憶をめぐり、勝者の論理の一部が挑戦を受けているといえる。
 
 同決議の一部を紹介したい。「ヨーロッパ史上、最も壊滅的な戦争であった第二次世界大戦は、1939年8月23日に締結された悪名高い独ソ不可侵条約とその秘密議定書の直接の結果として開始されたことをここに強調する。とりわけ後者を通じて、世界征服の目標を共有する2つの全体主義体制がヨーロッパを2つの影響力のある勢力圏に分割したのである」。事実、ドイツのリッベンドロップ外務大臣とソ連のモロトフ外務人民委員により締結された独ソ不可侵条約とその秘密議定書により、東ヨーロッパにおける独ソの勢力圏分割が実行に移された。通常、第二次世界大戦の直接的な起源は、ナチス・ドイツによる1939年9月のポーランド侵攻とされることが多いが、同決議では、この2つの全体主義国家による主権国家の領土割譲こそが、その後の世界規模での総力戦と悲劇を導いたと規定している。
 
 同決議でも指摘されているように、ナチス・ドイツとソ連によるポーランドへの侵攻・占領を皮切りに、ソ連は1939年11月30日にフィンランドに対して侵略戦争を開始し、1940年6月にはルーマニアの一部を占領・併合し、さらにリトアニア、ラトビア、エストニアを併合したのである。また同決議では 「ナチス政権の犯罪と同様、スターリン主義や他の独裁政治の犯罪性に対する認識を高め、道徳的評価を行い、法的調査を行う必要性」について言及した上で、「EUのすべての加盟国に対し、全体主義的な共産主義政権とナチス政権によって行われた犯罪と侵略行為について、明確かつ原則に基づいた評価を行うよう求め、EUにおけるナチズムやスターリン主義などの全体主義的イデオロギーのすべての顕現と伝播を非難するよう勧告」している。
 
 ロシアにおいては、1941年6月22日に始まる独ソ戦に代表される、主にナチスドイツを始めとした枢軸諸国に対する戦争は「大祖国戦争」と呼ばれている。ソ連全体での犠牲者の正確な数については未だに議論がなされているものの、約2000万人以上が犠牲になったと言われているこの戦争において、苦境を乗り越えて勝利したという事実が戦後ソ連の正当性を支える大きなイデオロギー的支柱になり、現在まで続く大国意識とロシア・ナショナリズムの源泉になっている。そうした中、ナチス・ドイツという悪に打ち勝ったことを誇る歴史の記憶に対し、自らも同じ悪玉として世界対戦の導火線を引いたと断罪するEU決議に、ロシアは真っ向から反対しているのである。(つづく)
 
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム