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2019-11-07 10:38

トランプ外交の「脅威」を憂慮する

鍋嶋 敬三 評論家
 米大統領選挙(2020年11月3日)まで1年を切る中、再選を目指すトランプ大統領の近視眼的な外交を憂慮せざるを得ない。国内社会・政治の分断ばかりか、自由世界の分裂を招くトランプ外交は、米国の国益や世界全体にもたらす利益よりも、選挙戦でいかに有利に戦える材料を揃えるかという私的利益優先である。地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」からの離脱を国連に正式通告(11月4日)、東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の東アジアサミット(EAS)の3年連続欠席、イラン核合意からの離脱と制裁再開(2018年5月)に続く制裁追加と直近の例だけでも枚挙にいとまがない。アジアにとっては、中国の軍事的、経済的、政治的影響力の増大、「一帯一路」戦略に基づくユーラシア大陸制覇の動きが加速しているだけに、米国の「不在」はアジア情勢が中国に有利に傾く大きな不安材料になる。
 
 ASEANは米中両大国の間でどちらかに身を寄せる姿勢は取りづらい。6月の首脳会議で独自の「インド太平洋構想」を発表した。中国が海洋進出を図る南シナ海を含み「地政学的、戦略的変化が続いている」との認識の下、利害が対立する戦略的環境の中で「誠実な仲介者」の役割を果たすことを宣言した。しかし、トランプ大統領が欠席(大統領補佐官が代理出席)する中、中国の李克強首相が出席した今年の一連の会議を見れば、米国のアジア、太平洋への関心の低下、中国の影響力増大は明らかである。EASの議長声明(11月4日)は南シナ海問題で中国に配慮するものになった。米中間でバランスを取らざるを得ない東南アジア諸国は「仲介者」どころか、米国不在で中国のさらなる圧力にさらされているのだ。トランプ流の「インド太平洋戦略」とは何だったのか?
 
 トランプ外交に対しては野党の民主党ばかりでなく、与党の共和党主流派、超党派の有識者から政権発足当時から厳しい批判があった。民主党が多数を握る議会下院による大統領弾劾訴追決議の可決(10月31日)の元となった「ウクライナ疑惑」をきっかけに批判は沸騰点に達した感がある。30数年間の外交経歴を持つ元国務副長官でカーネギー国際平和財団会長のW.バーンズ氏は最近のフォーリン・アフェアーズ誌(電子版)に、「アメリカ外交壊滅」と題するエッセーを寄せた。マリー・ヨバノビッチ駐ウクライナ大使の任期途中の解任は「大統領による外交的背任」であり、トランプ外交は「国益を犠牲にして私的利益を求める」ものだと糾弾した。中国内戦で毛沢東の勝利を予言したJ.デービス,Jr氏ら外交官81人を「共産党シンパ」などとして追放した1950年代のマッカシー上院議員による苛烈な弾圧の再来になぞらえたほどである。トランプ効果で「同盟国は混乱し、(中露など)敵対勢力は手早くつけ込もう」としており、米国が何十年もかけて築いてきた制度や連合体がぐらつき、米国への信頼は失われつつあると嘆く。今は「米外交の暗黒時代」とまで言い切った。
 
 「米外交の敵は国内にある」という主張はトランプ以前のオバマ民主党政権の時代にもあった。6年前の本欄でも取り上げたが、議会のねじれ(現在とは逆に上院は民主党、下院は共和党が多数)のために、予算をはじめ重要法案が通らず統治機能が麻痺した。オバマ大統領が中国牽制策とした「アジア・リバランス(再均衡)」を最大の外交課題としたにもかかわらず、2013年秋、EASなどアジア歴訪を取りやめ中国有利の情勢を自ら作り出す戦略的失策を演じた。トランプ大統領が安倍晋三首相に習って「インド太平洋戦略」を打ち出しながら、首脳会議を欠席して中国有利の情勢を作ったのは偶然であろうか。フォーリン・アフェアーズ誌を発行する外交問題評議会のR.ハース会長が当時、著書Foreign Policy Begins At Home(2013年)の中で、「米国の安全保障と繁栄の最大の脅威は海外からではなく、国内に在る」と喝破した。6年後の今日、「脅威は政権そのものに在る」と言うべきか。
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