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2019-08-26 14:45

(連載1)「護憲的改憲」を謳う野党党首に国際法軽視を見る

篠田 英朗 東京外国語大学大学院教授
 国際法の構造転換が起こり、帝国が解体され始めたのは、第一次世界大戦後のことである。国連憲章に民族自決権が明記され、脱植民地化の運動が世界を席巻したのは、第二次世界大戦後のことである。法規範の転換は図られた。植民地主義は否定された。しかし、遡及的に過去の行為が無効化されることはない。法の不遡及は一般原則だ。1910年の日韓併合を、国際法の観点から無効化するのは、無理だろう。不正な法的現実は、正す運動を起こすべきだ。だが遡及的に過去の法的事実の無効を訴えることはできない。ガンジーであれ誰であれ、民族自決運動に立ち上がった偉人たちは皆、未来に向かって、運動をした。現代世界では国際刑事裁判所で戦争犯罪人が訴追されたりする。だが、それはあくまでも犯罪の時点で成立していた国際人道法にのっとってのことである。
 
 大韓民国憲法は、その前文の冒頭で、「3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統」についてふれている。1919年、ウッドロー・ウィルソン大統領が「民族自決」の思想を携えてパリ講和会議に乗り込んだとき、アジアでも民族独立運動が高まった。「3・1運動」は、その際の独立運動のことである。「3・1運動」で立ち上がった韓国人たちは、無残に弾圧された。非常に悲しい歴史だ。だが第一次世界大戦の敗戦国となったオーストリア帝国やオスマン帝国の解体を、民族自決の考え方で処理しようとしたウィルソンですら、同じ考え方をアジアに適用する意図は全く持っていなかった。「3・1運動」が起こった1919年から、韓国が独立国としての法的基盤を得たと考えるのは、無理だ。ポツダム宣言受諾時に国民が「革命」を起こしたとする日本の憲法学の「八月革命」説と同じくらいに、荒唐無稽である。本来、法的議論ではない。
 
 だが自国内の法体系においてだけなら、荒唐無稽な議論を確立してしまうことは、不可能ではない。2018年韓国大法院判決の元徴用工をめぐる判決がそれであるだろうし、「八月革命」説にもとづいて憲法学者が自由自在に国際法概念を無視してみせるのも、似たようなものだ。「憲法優位説」なるアイディアを持ち出して、国際法体系に真っ向から挑戦をする確信犯が集団で力を持ってしまうと、もう混乱を収拾することができない。1910年の日韓併合直後に、韓国併合の法的位置づけをめぐり、憲法学の東大法学部教授の美濃部達吉と、国際法学の東大法学部教授の立作太郎が、『法学協会雑誌』を舞台にして、数多くの論文で反論しあった有名な論争があった。双方が漢文調の長文の論文を繰り返し掲載して行われた論争なので、詳細は学術論文での紹介に譲りたいが、結論を言えば、不毛な論争であった。美濃部は、韓国が持っていた「統治権」が、日韓併合によって日本に承継された、と主張した。そこで韓国の「統治権」に付随していた制約が、そのまま日本に承継された、と主張した。

 韓国という国家の存在を実体的に捉えたうえで、その実体性を持った国家が日本と合併したという捉え方である。これに対して立は、日韓併合によって、韓国の統治権が消滅し、いわば無主地になった地域を、日本が領土権のいわば「原始取得」を行って、その固有の統治権を拡大することになった、と考えた。立は、当時の欧州列強の植民地支配の現実をふまえた国際法規範を自明視していたため、併合されてしまった韓国の国家存在を実体的に捉える視点が希薄だった。美濃部と立の論争のほとんどは、「主権」とは何か、「統治権」とは何か、という原理論にあてられている。両者が遂に分かり合うことができなかったのは、憲法学者の美濃部が「統治権」の実在性を信じて譲らなかったのに対して、国際法学者の立が「統治権」なるものに関心を示さず、「統治権」は存在するとしてもせいぜい「主権」と同じものに過ぎない、という突き放した態度をとったためであった。(つづく)
 
 
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