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2019-08-22 19:43

北の核容認「暫定協定」日本に用意はあるか?

鍋嶋 敬三 評論家
 北朝鮮の核・ミサイル開発、廃棄を巡る米朝交渉が進展を見ないまま、北朝鮮は国連安全保障理事会決議に違反する短距離弾道ミサイルの発射を7月25日から8月16日までの短期間に6回実施した。その上で「米大統領は、国家としての我々の自衛権を認めている」(外務省北米担当局長談話)と主張した。トランプ大統領が決議にもかかわらず、短距離ミサイルを問題視しない言明を繰り返したのを逆手にとって正当化した。米国が当初目指した「完全な非核化」の展望が開けない中で核の「凍結論」が再燃してきた。ニューヨーク・タイムズ紙が6月末にトランプ政権が核兵器の凍結に帰することになる「新たなアプローチを慎重に検討中」と伝えた。これは、現存する核兵器の現状維持であり、北朝鮮を「核保有国として暗黙裏に受け入れる」ことを意味する。
 
 この報道を紹介する形で、クリントン政権で核不拡散担当の国務次官補を務めたR.アインホーン氏(ブルッキングス研究所シニアフェロー)は8月初め、「米朝交渉:暫定協定へ転換の時」と題する論文の中で、「行き詰まりを打開して、交渉を軌道に乗せようとするなら近いうちに、ある種の凍結のための交渉アプローチを採用する必要がある」と、仮協定を結ぶ構想を公にした。トランプ政権は公式には凍結論を否定しているが、大統領選挙を1年後に控えて一定の合意を北朝鮮と取り付けて貿易と並ぶ外交成果を有権者に誇示する必要はますます強まる。アインホーン氏の凍結論は完全な非核化合意を将来に先送りすることを意味するのだが、暫定協定の利点として核兵器の小型化、多弾頭化の抑制、核分裂物質の生産禁止、ミサイル発射実験の禁止などで米国や同盟国のミサイル防衛などに効果があると説明している。
 
 一方、欠点としては完全な非核化の期限がなく達成される保証もないので、結果的に北朝鮮に「事実上の核保有国」の地位を与えることになるとの批判も生じるとしている。同氏は「今や明らかなことは、期限を定めた完全な核廃棄はありそうにない」という現実であり、「凍結」が現実的な選択肢だというのだ。筆者が2年前に本欄で紹介したように、「凍結論」は有力な識者の間で論じられてきており、新しいものではない。米国内では、憲法で「核兵器国」と定めている北朝鮮が核兵器をあきらめる意思がないことがはっきりしている以上、米本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)が開発されないうちに「時間稼ぎ」の方策として取り上げられていた。北朝鮮が「核保有の意思を捨てない」以上、「核付き北朝鮮」との共存もやむを得ない、と多くの人が思っている(R.フォンテン氏)との見方も紹介した。
 
 暫定協定ではあっても、核付きの北朝鮮は中距離ミサイルの射程内にある日本の安全保障にとって容認できない存在である。これを米国が北朝鮮との間で合意することになれば、日本は重大な脅威にさらされたままに置かれる。しかし、日本国内でこの種の「都合の悪い」議論が欠けているのではないか?米朝間で「事実上の核保有」の合意ができるような状況で、日米安全保障条約に基づく米国による「核抑止」が有効に機能するのか?米国が頼りにならないとすれば、日本は独自の防衛力構築を推進すべきか。核を持ったまま「朝鮮統一」に進むとすれば、北東アジアで唯一核を持たない日本は核武装に進むべきなのか?日米安保体制の変更も含めてさまざまな議論が必要になってくるだろう。その用意は日本国内にあるのか?これは政治家だけの責任ではもちろんない。言論界も含めた国民全体に負わされた重い課題である。現行の安保条約から60年近く経て、世界が米ソ冷戦とその終結、米国一極から中国の台頭による多極化、中東の混乱、ポピュリズムがもたらした欧州の動揺、トランプ政権に代表される一国主義によるリベラルな国際秩序の破壊というパラダイム変化に直面して、現行の憲法と日米安保体制に安住して「思考停止」していては、国の安全と国民の福祉は守れないのである。
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