国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2019-03-01 07:22

トランプ「破恋」の背景に「焦り」

杉浦 正章 政治評論家

米朝首脳会談が事実上の物別れになった背景を探れば、米朝双方に誤算が存在したことが分かる。とりわけ北朝鮮はトランプ頼りで“誤算の山”を築いた実態が濃厚である。トランプは自らの「ロシア疑惑」から目をそらそうとしたようだが、外交を性急に自らの保全に使うという馬脚が現れてしまったようだ。2020年の大統領選再選を意識しすぎた結果が裏目となって出たのである。まず北の最大の誤算は経済制裁の完全なる撤回を求めたことだろう。極めて高い要求をした背景には、どこから情報を得たのかアメリカが撤回に応じるという情報と判断が存在していたようだ。金正恩は、寧辺(ニョンビョン)にある核施設を廃棄すれば、その見返りに制裁の全面解除が得られるという判断だったのだ。しかし、国務長官マイク・ポンペイオの判断は寧辺の核施設だけでは十分ではないというものであり、かねてから大統領トランプに忠告していた。ポンペイオ自身も「寧辺の核施設は重要だが、ミサイルや核弾頭などの兵器システムが残る」と述べている。東倉里(トンチャリ)豊渓里(プンゲリ)などにも核・ミサイル施設があるとみているのだ。

米側が金正恩に示した見返りは(1)経済協力(2)平壌への連絡事務所の設置(3)朝鮮戦争の終結宣言(4)経済制裁の緩和などであった。しかし金正恩は象徴的な終戦宣言ではなく、国連制裁の実質的な緩和、エネルギー、金融分野での制裁解除などへと要求を膨らませた。これらの課題は7回に亘る実務者協議でも溝が埋まらなかったものであり、首脳会談なら決着が可能とみた金正恩の判断は甘いと言わざるを得まい。北朝鮮が経済制裁の完全なる削除という極めて高いハードルを可能とみたのは寧辺を取引材料に使えば、米国が応じるという判断があったようだ。北朝鮮にとってもはや不要となった施設を高く売りつけようとしたのである。トランプが「金正恩氏が寧辺の核施設を廃棄すると言ったが、公にしていない核施設を廃棄しない限り、非核化ではなく、核保有を認めた上での核軍縮交渉になってしまう」と述べたのはもっともである。さすがのトランプも「その手は桑名」なのだ。

核拡散防止条約(NPT)は1970年に締結され、アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国以外の核兵器の保有を禁止した条約である。北朝鮮は核兵器開発疑惑の指摘と査察要求に反発して1993年に脱退を表明し、翌1994年にも国際原子力機関(IAEA)からの脱退を表明したことで国連安保理が北朝鮮への制裁を検討する事態となった。その後、北朝鮮がNPTにとどまることで米朝が合意している。しかし、北朝鮮はNPTなどどこ吹く風とばかりに既に核爆弾を30個保有しているとみられており、もう核製造施設は事実上不要となっている。これらの施設を廃棄したところで北が核保有国であるという、戦略的な位置づけに変化は生じない。不要な施設を廃棄して、経済制裁が解除されれば金正恩にとってこんなにプラスになることはないのだ。しかし、世界の目は厳しい。こうした北の対応がますます、危険な国家としての北の位置づけを確たるものにするのであって、北の孤立化は一層深まるだけだ。

一方韓国の文在寅政権は米朝合意を前提に(1)ソウルでの南北首脳会談開催(2)北への経済協力事業の開始など意気込んでいたが、時期尚早であった。独自に行えば韓国が極東において孤立するだけであり、当分無理であろう。今回の交渉で目立ったのはトランプ外交の付け焼き刃的な手法である。トランプは金正恩と「恋に落ちた」と発言したが、恋した相手は、一枚上手で、その結果は事実上の「破恋」としかいいようがない。相手からは制裁の全面解除という不可能な要求を突きつけられては、恋に落ちるどころではない。重要な外交課題に対してトランプの手法は「軽い」 のである。そもそも非核化の交渉は10年がかりを覚悟すべきものであり、自らの手柄を意識してはいけない。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム