国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2018-10-26 17:50

「一帯一路」構想と日本のインフラ支援

倉西 雅子  政治学者
 習近平国家主席が自らの威信をかけて打ち出した「一帯一路」構想ですが、当初はその終着地となる英国をはじめとする欧州諸国からも熱い期待が寄せられ、プロジェクト融資の中核となるAIIBも曲がりなりにも順調に発足しました。しかしながら、その実態が明らかになるにつれ、今や全世界レベルで同構想に対する強い逆風が吹き始めています。ところが、日本国政府の動きを見ますと、奇妙なことに中国と一緒になって逆風に抵抗しているように見えます。何故ならば、「一帯一路」構想の名称は外してはいるものの、中国との間で第三国に対するインフラ融資の協力事業を実施する方針を示しているからです。

 政府の説明によれば、中国一国に任せておくと、融資先国を「借金漬け」にし、政治的要求を突き付けたり、借金の形に人民解放軍の軍事拠点を獲得するケースが頻発するため、こうした中国の阿漕で高利貸し的な手法に歯止めをかける必要があるそうです。いわば日本国政府は、評判のすこぶる悪い中国を外部から監視するための「お目付け役」の役割を買って出たのであり、一見、財政支援を受けるインフラ・プロジェクト実施諸国にとりましては「救世主」のようにも見えます。言い換えますと、日本国の対中インフラ協力の主たる目的は、中国を援けるのではなく、中国の脅威に直面している融資先国を援ける、保護するところにあるとされたのです。ここに、日本国政府は、一体、誰の「救世主」になろうとしているのか、という問題が提起されるのですが、果たして、日中協力の先にはどのような事態が待ち受けているのでしょうか。

 少なくとも、風前の灯となった「一帯一路」構想が延命されるという側面においては、日本国政府は、「中国の夢」の実現に手を貸すことになります。その理由は、「一帯一路」構想とは「全ての道は中国に通ず」と言わんばかりの中華思想に基づく中国の世界覇権プロジェクトであり、上述したように名目上は同構想との関連性を否定しても、結果的には、中国発案の構想の枠内での協力となるからです。外貨準備の減少に悩み、かつ、米中戦争の激化によってさらなる景気後退が予測される中国側ら見れば、日中協力は、資金面での負担軽減を意味します。たとえ、日本の協力によって相手国に対する貸付金利の利率が低めに設定され、「高利貸し」が抑制されたとしても、プロジェクト自体が実現すれば、貸付資金も無事に回収できます。また、仮に、現在進行中の高金利の貸付によるプロジェクトにおいて相手国側が債務不履行に陥ったとしても、その損失は、共同出資者である日本国政府の肩にのしかかります(あるいは、現時点で、日本の協力を求めてきていることは、既に資金回収が不可能となりそうプロジェクトがあり、その損失を日本に肩代わりさせるためか)。何れにしましても、中国としては御の字なのです。

 その一方で、融資先国を支援する結果をもたらすのか、と申しますと、そうとばかりは言えないように思えます。日本国政府が参加するとなれば、低利融資により財政負担や債務不履行のリスクが軽減されることは確かです。しかしながら、「一帯一路」構想の目的、並びに、将来的ヴィジョンとしての華夷秩序の再来を考慮しますと、日本国の協力によるプロジェクトの推進は、中華経済圏に取り込まれ、属国扱いされかねない融資先諸国、特に一般国民にとりましては「悪夢」となるかもしれません。つまり、日本国政府は、「救世主」どころか、これらの諸国を中国に差し出す役割を演じてしまうかもしれないのです。こうしたリスクがある限り、日本国政府は、海外諸国に対してインフラ面における支援を行うならば、中国と組むよりも「一帯一路」構想とは一線を画し、独自の判断で単独支援を実施した方がより安全なように思えます。あるいは、同盟国であるアメリカのトランプ政権も同地域におけるインフラ支援プロジェクトを提唱しておりますので、アメリカのプランに協力するという選択肢もあるはずです。少なくとも、中国の「救世主」となるような日中協力につきましては、日本国政府には対中協力の義務もありませんし、日本国民にも財政負担のみならず、将来的には安全保障上の重大なリスクが生じる可能性があるのですから、人類に災禍をもたらしかねない覇権主義国家への協力は見直すべきではないかと思うのです。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム