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2018-09-06 16:04

(連載2)カスピ海サミットと問われる日本人の国際感覚

袴田 茂樹  日本国際フォーラム評議員
 トルクメニスタンとアゼルバイジャンを結ぶカスピ海海底ガスパイプライン敷設の可否が、今最重要の問題となっている。トルクメニスタンにとって、海底パイプラインとアゼルバイジャンを経由して、ロシアを迂回する欧州へのエネルギー輸出路の確保が、国の死活問題になっているからだ。というのは、同国には欧州への輸出ルートがないため――かつてロシアが購入して欧州に輸出していたが、両国の対立で中止された――豊富なエネルギー資源の大部分を中国に輸出し、同国は中立を掲げながら、実際には中国依存国の状況に陥っている。したがってこの海底パイプラインは、単なる経済的意味だけでなく、むしろカスピ海沿岸諸国をロシアや中国依存から独立させ、またロシアの中近東への影響力を制限するといった戦略的、地政学的意義の方が大きいとも言える。だからこそ欧米諸国は熱心にカスピ海海底パイプライン建設を支援しようとしてきたのだ。

 これに対して、ロシアはこれまでイランと組んで「カスピ海パイプラインの建設には沿岸5カ国の同意が必要」だとしてその建設には断固として反対してきた。エネルギー問題と絡めて、カスピ海周辺国だけでなく、中近東やさらにはパキスタン、インドへの地政学的な影響力を確保するためである。ここでは詳しく述べないが、カスピ海問題は世界の戦略や地政学にそれだけ大きな意味を有しているのである。では8月12日の「協定」では、この問題はどうなったか。今回の協定においては、隣国や対岸国など2国だけの合意で、パイプラインやケーブルを敷設する権利を認めている。しかし、そのためには、環境保護問題に関する5カ国の同意が必要だ。つまり、ロシアは「サハリン2」の場合のように、環境問題を口実に、今後もパイプライン敷設に介入できるのである。ロシア紙もそれを次のように認めている。

・環境問題を口実にしてロシアは海底パイプラインの建設を阻止できる。パイプラインだけでなく、各国がカスピ海で進める大型のガス採掘、石油採掘その他多くのプロジェクトに関しても環境問題を口実にロシアは今後も介入できる。(『エクスペルト』誌 2018.8.20)
・「これまで四半世紀以上続いている紛争は、今後も続くということである。」(『コメルサント』紙2018.8.13)
・協定において、パイプライン敷設に関しては、曖昧な(両義的な)表現になった。それは、全ての沿岸諸国の妥協の産物だからである。(『独立新聞』紙2018.8.14)
 
 協定では、海底の地下資源の帰属問題も、関係国が交渉で決めるとしている。これらの記述が、単にカスピ海周辺国の問題ではなく、欧米や中近東とロシアや中国との問題にも密接に結びついていることはお分かりと思う。わが国の主要なメディアは、8月12日のカスピ海サミットについて簡単に報じているが、そこでの協定や合意が、国際政治においてどれだけの意味を有しているのかをきちんと分析し解説したものは、筆者の知る限りでは存在しない。わが国では、この問題は殆ど知られていないか、せいぜい、一地方の小さな特殊問題と見られている。日本人の国際意識や安全保障意識が問われていると言える。(おわり)
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