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2018-08-04 00:13

(連載2)「プーチンによる平和」が生まれる中東

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 これらを踏まえると、今回の決定は、イスラエルがシリア領内のイランやヒズボラを攻撃するために、ホワイトヘルメットを安全な場所に移した、と映らなくもない。ただし、このシナリオには大きな問題がある。イスラエルがシリア領内でイランへの攻撃を本格化させれば、ロシアとの衝突を覚悟しなければならない。ロシアはイスラエルとも悪い関係ではないが、仮に両国が衝突すれば、間違いなくイラン側につく。これに対して、イスラエルにとって頼みの綱のアメリカは、シリア対策に関して一貫性を欠いている。これまでにもトランプ大統領はシリアからの早期撤退を強調してきたが、国防省やアメリカ軍はこれに消極的だ。内部分裂が目立つアメリカをあてにしにくい状況で、イスラエルがギャンブルに臨む確率は低い。これに対して、第二のシナリオは「イスラエルがロシアとの間で、シリア南部をアサド政権が押さえ、その代わりゴラン高原におけるイスラエルの実効支配を安堵する、という暗黙の取り引きをした」というものだ。第一のシナリオに致命的な問題がある以上、こちらの方が確度が高いとみられる。

 ゴラン高原はもともとシリア領だが、1967年の第三次中東戦争の後、イスラエルが実効支配している。ロシアはアサド政権を支援し、反体制派が支配するシリア南部への攻勢を強めている。これはイスラエルにとって、シリア領内のイランを標的とする軍事活動のルート上にロシアが立ちはだかるものであるだけでなく、ゴラン高原にシリア軍が迫る状況をも意味する。そのため、イスラエルからみてロシア―アサド連合軍の南進が脅威に映っても不思議でない。その一方で、米ロ首脳会談でプーチン氏は「1974年のイスラエル―シリアの兵力引き離し合意に沿って解決を図ること」に言及している。この合意は第四次中東戦争後に結ばれ、ゴラン高原を挟んで両軍を引き離す内容になっている。この合意の尊重は、アサド政権とイスラエルの双方にとって現状維持を約束し、シリア周辺を内戦以前の状態に戻すことを意味する。つまり、ゴラン高原を除くシリア全土をアサド政権が支配する一方、ゴラン高原におけるイスラエルの実効支配を認めるものだ。ただし、それは「シリア領内のイラン軍事施設にイスラエルがこれ以上攻撃するのを認めない」というロシアの意思表示でもある。その意味で、加速しかけていたイスラエルを踏みとどまらせるものでもある。この観点から、ホワイトヘルメットの退去は、アメリカが頼りにならないなかでイスラエルが、ゴラン高原安堵のために、少なくとも当面シリア領内での軍事活動を諦めたことを意味する。言い換えれば、イスラエルがプーチン大統領との間で、暗黙のうちに取り引きしたといえる。

 こうしてみたとき、ロシアはISや反体制派の掃討によってシリア内戦の終結に決定的な役割を果たしているだけでなく、イスラエルとイランの直接衝突の危機をも押さえ込んだといえる。それは「プーチンによる平和」とも呼べる。もちろん、その「平和」は民間人の死傷をともなう苛烈な空爆によって生まれ、人権侵害が疑われるアサド政権の存続や、イスラエルによるゴラン高原の実効支配といった不合理をはらんだものである。とはいえ、「プーチンによる平和」が現実味を増していることも確かだ。トランプ政権は「エルサレム首都認定」などでかえって中東のトラブルメーカーになっており、「アサド打倒」を旗印とする欧米諸国や近隣のスンニ派諸国はシリア内戦の終結に有効な手立てを打てず、イスラエルの暴走を止められない。言い換えると、「プーチンによる平和」は中東における欧米諸国の無力さを際立たせるもので、それもあってロシアは欧米諸国で警戒されるといえるだろう。(おわり)
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