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2018-04-06 12:11

(連載1)日本「ユーラシア外交」の変遷史と構造分析

鈴木 美勝  専門誌『外交』前編集長
 本稿では、日本のユーラシア外交が冷戦後、橋本首相の下で実質的に始まった点を押さえた上で、ユーラシアと関わる現在の安倍戦略外交の特質と、その変遷過程について述べてみたいと思います。また、近年注目されている北極圏問題がユーロシア地政学や大国の戦略にとって避けては通れない点についても、簡単に触れてみたいと思います。日本の対ユーラシア外交は、1997年7月、橋本首相の経済同友会講演をもって始まりました。ユーラシアを「太平洋側から一塊(ひとかたまり)の戦略対象」として初めて捉えた橋本外交は当時、大きな話題を呼びました。というのも、ユーラシア中央に陣取るロシアとの外交を、中国との連動として捉え、単なる日露、日中個別の二国間関係ではない戦略対象として位置づけた点が、日本外交にとって斬新であったためです。

 1990年代、当時の世界はどのような情況にあったのか。冷戦終結宣言の二年後、米国と覇権を争ってきた超大国ソ連が解体しました。東欧が共産主義の頸木(くびき)から解き放たれる一方、ユーラシア中央に旧ソ連から独立した諸国家が誕生しました。経済力も含め国力が急落するロシア。そんな情況の中で国家権力を握ったエリツィン大統領は、西欧化への道に舵を切りました。そして、経済復興を目指すエリツィンの目は、極東の経済大国日本に向けられました。それを敏感に感じ取ったのが、橋本首相と、外務省の丹波實外務審議官、東郷和彦欧亜局審議官、篠田研二ロシア課長らロシアン・スクールです。

 橋本講演のポイントは、三点ありました。第一に、冷戦終結を受けて動き出したユーラシア大陸の二大国、ロシアと中国の動向に注目し、日本外交を連動的に展開する、第二に、中央アジア、コーカサス諸国からなるシルクロード地域をも見据えて積極的な「ユーラシア外交」を展開する、第三に、「信頼」「相互利益」「長期的な視点」の対露外交三原則を提示した点です。ロシア側はこの橋本提案を歓迎します。11月の日露首脳クラスノヤルスク会談、翌98年4月のエリツィン訪日、橋本首相の川奈提案へとつながり、北方領土問題の決着に向けて期待感が高まったのでした。橋本ユーラシア外交の流れは一部、ポスト橋本の小渕首相、森首相へと引き継がれたものの、下支えする対露外交推進派の顔ぶれが変わった点や、日本国民が受け入れ易い「シルクロード」のイメージに頼った情緒的な部分が戦略構想に含まれていたことによって、ユーラシア外交と銘打つには実質的な広がりに欠けていました。このため、橋本―小渕―森のユーラシア外交は結局、北方領土問題に的を絞った対露外交の一変種に過ぎなかったと見ることも出来るでしょう。

 次いで、より幅の広い戦略的視点からユーラシアを捉えて登場したのが、「自由と繁栄の弧」という外交ビジョンです。これは、第一次安倍内閣の麻生外相によって、2006年11月に提起されました。その考え方は、(1)民主主義、自由、人権、法の支配、市場経済という「普遍的価値」を旗印に外交を推進する価値観外交、(2)ユーラシア大陸の外周に位置する新興の民主主義国、即ち西太平洋からインド洋を経て中央アジア・コーカサス、トルコ、中・東欧、バルト諸国までを帯状につなぎ、「自由と繁栄の弧」を創ろうというものでした。その着想は、人類史をランドパワー(大陸国家)とシーパワー(海洋国家)の相克の歴史と捉えた現代地政学の祖ハルフォード・マッキンダーの「ハートランド理論」にあります。マッキンダーが、ユーラシアの中核地帯をハートランドと呼び、「東欧を制する者がハートランドを支配し、ハートランドを制する者が世界島、(即ちユーラシアとアフリカの中枢部→アフロ・ユーラシア)を制し、世界島を制する者が世界を支配する」との説を唱えたのは、ご存知の通りです。マッキンダーの問題意識は「ハートランドの覇権を握る大陸国家が出現しないようにするにはどうすべきか」という点にありました。(つづく)
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