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2018-01-31 11:09

仮想通貨と犯罪についての一考察

山崎 正晴  危機管理コンサルタント
 2017年12月26日の白昼、ウクライナの首都キエフの中心街で40歳のロシア人男性が、ライフルで武装し目出し帽をかぶった男達に襲われ、黒塗りのベンツで連れ去られた。これだけなら、最近ウクライナで多発する誘拐事件報道のひとつとして、大した注目も浴びずに人々の記憶から消えていっただろう。しかし、この事件では、被害者パヴェル・ラーナー氏がウクライナの仮想通貨取引所EXMOのCEOであったことで、世界中の仮想通貨投資家の間に衝撃が走った。EXMO社は英国に登録されている仮想通貨取引業者のひとつで、同社のウエブサイトによれば、ウクライナを中心にロシア、スペイン、インド、タイなどの拠点を通じて、世界200ヶ国996,000人の顧客とビットコインなどの仮想通貨の取引をしている。

 事件発生直後、EXMO社は全ての取引先宛に声明を出し、「当社のCEOラーナー氏が誘拐されたが、本人は顧客情報へのアクセス権を持たないため、この事件による、お客様の資産や個人情報への悪影響は全くありません」と伝えた。しかし、その声明は、「もし顧客情報へのアクセス権を持つ社員が誘拐されたら、顧客情報と資産の両方が奪われる危険性がある」と理解され、かえって顧客の不安を高める結果となった。拉致から2日後の12月28日、ひどく憔悴しながらも無傷のラーナー氏がキエフ市内の路上で発見され、事件はとりあえず落着した。ウクライナ内務省幹部によれば、身代金として100万米ドル相当のビットコインが支払われたとのこと。この誘拐はラーナー氏が取り扱う仮想通貨に目をつけた犯罪者グループによるものと推定されるが、現在までに犯人は特定されていない。ビットコインに代表される仮想通貨の偽造は技術的に不可能に近く、通貨としての安全性は高いとされている。しかし、ここでの「安全性」とは偽物が作られにくいという意味の安全性であり、「犯罪に使われるリスクが低い」という意味の安全性ではない。

 イタリアのマフィア組織がビットコインをマネーロンダリングに活用していることは広く知られている。2017年5月に世界中の企業や組織を襲ったマルウェア「ワナクライ」は、北朝鮮のハッカー集団による犯行と考えられているが、この事件でも、ビットコインが身代金の支払いに使われた。誘拐の身代金や賄賂など不正資金の授受に、仮想通貨は今やなくてはならないツールとなっている。2015年に台湾で起きた台湾のパール・オリエンタル石油の会長ウオン・ユルクワン氏誘拐事件では、200万米ドルの身代金がビットコインで支払われている。仮想通貨そのものが窃盗の対象となった事件としては、2014年に明らかとなった日本のマウントゴックス事件が有名だ。465億円相当のビットコインが失われたこの事件では、2015年に同社のCEOマルク・カルプレス氏が警視庁に逮捕され、2017年7月にはロシア人、アレクサンダー・ビニック氏がギリシャでFBIに逮捕されているが、真相は未だ不明のままだ。韓国では、2017年に入ってから仮想通貨取引業者のハッキング被害が続発しており、韓国の取締当局は、その多くに北朝鮮が関与していると見ている。

 2018年1月26日、日本の大手仮想通貨取引所コインチェックは、外部からの不正アクセスにより、顧客から預かっていた仮想通貨「NEM(ネム)」580億円分が流出したと発表。しかし、1月28日、会社側が、「全ての顧客に損害の全額を返金する。そのための自己資金はある」と発表したことで、市場のパニックはとりあえず収まったかに見える。しかし、残るもう一つのより重大な問題を忘れてはならない。それは580億円もの大金が不法行為者の手に渡ったという事実だ。もし、その背後に北朝鮮がいたとしたら、彼らは、射程2千キロメートルのノドンミサイル230発分の資金を一瞬にして得たことになる。脱税、誘拐、密輸、テロ、マネーロンダリングなど、個人、集団、国家などによる不法行為を助長する仮想通貨は、取り返しがつかなくなる前に禁止すべきではないか。
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