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2017-10-30 19:02

トランプ大統領の東アジア歴訪を迎えるリスク

河村 洋  外交評論家
 ドナルド・トランプ大統領が11月初旬に東アジアを歴訪することになった。今回の訪日では北朝鮮と通商問題が安倍晋三首相との二国間会談での主要議題となる。有識者の多くはトランプ氏の大統領職への資質と適性に疑問を呈しているが、日本の指導者達は彼の言動がどれほど不快であっても鼻をつまむような思いで耐え忍ばねばならない。ヨーロッパと違って東アジアでは多国間安全保障の枠組みがないので、米国大統領が誰であれ、日本の国家的生存には強固な日米同盟が必要不可欠である。しかし、今回の訪日について、我々は「トランプ・リスク」に十分注意する必要がある。というのも、トランプ大統領は余人には考えられないような行動で悪名高く、アメリカの戦略的パートナーとの閣僚および事務レベルでの合意からかけ離れた行ないも頻繁に行ってきた。サウジアラビアとカタールの抗争はまさにその典型例であろう。メディアも専門家も同政権の外交政策過程を何とか理解しようとしているが、アメリカの外交政策を予測不能にしているのはトランプ大統領自身である。今回、こうしたリスクの持ち主であるトランプ大統領が日中韓3ヶ国を訪問しようとしている。こうしたリスクはあるが、トランプ大統領の訪問を受けることには象徴的なメリットもある。特に安倍政権はトランプ政権との緊密な関係を誇示することで中国と北朝鮮の脅威に対処しようとしている。だが、トランプ大統領がしばしば独走し、政権内での外交政策の齟齬がアメリカ外交の妨げとなってきたことを忘れてはならない。また、ロシアに関してはトランプ大統領と閣僚の見解の相違は依然として大きい。5月にはトランプ大統領は自らが「ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に高度機密情報を漏らした」とのたまって世界を仰天させ、アメリカの外交政策に携わる政府関係者を驚愕させた。ロシアによる選挙介入との関連もあり、トランプ大統領と閣僚の間に見られるこのような行き違いはアメリカの外交政策の信頼性を大きく低下させている。

 そうした中でトランプ大統領とレックス・ティラーソン国務長官の間で致命的な齟齬が起きたのは北朝鮮をめぐってであるが、それは当然ながら今回の東アジア歴訪の最重要課題でもある。トランプ氏はティラーソン長官が極秘チャンネルを通じて北朝鮮と接触した外交努力を嘲笑した。それは背信行為である。そうした行為には超党派の外交政策の専門家達から厳しい非難が寄せられた。ブッシュ政権期のリチャード・ハース元国務省政策企画部長は「トランプ氏の発言は外交の一体性を侵害する」と非難し、ティラーソン氏には辞任まで勧告している。オバマ政権期のサマンサ・パワー元国連大使はさらに辛辣で「トランプ氏の言動は受け入れられるものでなく、アメリカ外交の信頼性を損なった」と語った。たとえティラーソン氏が辞任したとしても、トランプ政権の外交政策の方向には統一性がない。諸外国政府は経歴が優れたマティス国防長官に耳を傾けているが、政権内にはタカ派のニッキ・ヘイリー国連大使、企業志向のウィルバー・ロス商務長官、大統領家族の一員であるジャレド・クシュナー上級顧問などもいる。さらにトランプ大統領は組織再構築や歳出削減によって国務省の弱体化をはかっている。そうした状況ではトランプ大統領の独走を抑えられそうもない。

 トランプ大統領の統治で根本的な問題は、個人に対する忠誠と国家に対する忠誠の区別がついていないことである。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際大学院のエリオット・コーエン教授は『アトランティック』誌10月号への寄稿で「ジョージ・W・ブッシュ元大統領なら政権スタッフが国家のために行なう批判を受け入れていたが、トランプ政権ではマティス長官とティラーソン長官が大統領への忠誠を優先するホワイトハウスのスタッフに不満を抱え続けている」と記している。側近達がそのように従順である限り、政権内部でのトランプ大統領の言動へのチェックはほとんど効果がない。よってサウジアラビア・カタール危機で見られたようなトランプ大統領独走のリスクはますます大きくなっている。日本政府はこうした危険性を充分に意識せねばならず、トランプ大統領が日本を発って韓国そして中国を訪問する時にも何が起こるか目が離せないといえよう。また、安倍政権はトランプ大統領が海外公式訪問の際に行なったこれまでの失言と失敗を見直し、予期せぬ危機が起きた場合にはどのように対処するか検討する必要があろう。

 こうした事情にも関わらず、我々日本人は非常に忍耐強く寛容で、どれほど評判が悪い外国の首脳でも受け入れてきた。それはトランプ大統領による西欧啓蒙思想への反逆を受け入れようとはしないヨーロッパ人の思考様式とは著しく対照的である。イギリスのテリーザ・メイ首相は国民の間に広まる反トランプ感情の高まりを受けて、トランプ大統領の訪英招待を延期せざるを得なくなった。フランスではトランプ大統領の革命記念式典への出席が、エマニュエル・マクロン大統領の支持率急落の一因にもなった。安倍首相はこうした国内世論を気にしなくても良いという小さな幸運に恵まれている。しかし安倍首相はトランプ大統領に対して過剰に宥和的に思える。安倍内閣は天皇とトランプ氏の会見を設定しようとしているが、それではヨーロッパ諸国の王室に対して「悪名高きアメリカ大統領を受け入れよ」と圧力をかけるようなものだ。また、アメリカ国内ではネポティズムとクレプトクラシーの象徴として痛烈な批判を浴びているイバンカ・トランプ氏を国際女性会議東京大会に招待することは不適切である。好むと好まざるとに関わらず、東京での二国間首脳会議は日米連帯を見せつける絶好の機会ではあるが、日本政府はトランプ・リスクを充分に意識するべきで、ともかく危険は最小限に抑える必要がある。舞台裏での閣僚および事務レベルでの調整は、両国にとってこれまで以上に重要である。日本はトランプ大統領に対して注意深くあるべきで、サウジアラビア・カタール紛争のような事態は極東ではあってはならない。
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