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2017-10-13 17:40

(連載2)北朝鮮の「国連追放」は可能か

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 それでは、北朝鮮に関して米国が提案している「除名」はどうでしょうか。「権利停止」があくまで「加盟国としての立場そのものの維持」を前提とするのに対して、「除名」は文字通り「国連加盟国としての資格を剥奪する」、よりシンプルにいえば「国連から追い出す」ことを意味します。そのため、「除名」は「権利停止」より格段に厳しい措置といえます。これに関して、国連憲章第6条では、「この憲章の掲げる原則に執拗に違反した加盟国を、安保理の勧告に基づき、総会は除名できる」と定められています。つまり、制度として「除名」の手続きはありますが、ここでも「一般的権利停止」と同様に「安保理の勧告」が求められており、これがハードルをあげることになります。

 実際、先述の南アフリカの場合、安保理では「除名」も審議されましたが、米英仏が拒否権を発動したことで実現に至りませんでした。翻って現在の安保理をみると、そこには冷戦時代のものに近い対立をみてとれます。シリアやウクライナをめぐる西側と中ロの対立は、安保理が有効な対策を打ち出すことを妨げてきました。それは北朝鮮に関してもほぼ同様で、仮に米国が提案した「北朝鮮の除名」が安保理で審議されたとしても、現状では中ロが反対する公算が高いとみられます。つまり「北朝鮮の国連除名」は制度としては可能ですが、「五大国の一致」という政治的条件を揃える必要があるため、実際には不可能に近いといえます。

 米朝のチキンゲームがいかにヒートアップしているとはいえ、これまで北朝鮮に対する制裁にも消極的だった中ロが、書簡一本で態度を翻すことは考えられません。それだけでなく、状況が危機的であるなら、なおのこと中ロには北朝鮮との関係を繋ぐことにインセンティブが生まれます。現状では想定しにくいものの、米朝のいずれかが相手の威圧に折れてチキンゲームを降りることを決定した場合、交渉のよすがが必要になり、パイプをもつこと自体が自分の影響力になるからです。それにもかかわらず、ガードナー議員が「北朝鮮の国連除名」を主張したとするなら、中ロの立場をよほど理解していないか、あるいは書簡の効果をもともと当てにしていない、言い換えるならば、一種のスタンドプレー、控えめに言ってもブラフとしか考えられません。この場合、前者よりむしろ後者の方が可能性として高いとみられます。米国では厳格な三権分立のもと、議会が大統領の政策にも大きな影響力をもち、それは外交にも及びます。議員は大統領より有権者に近いため、その外交方針は大局的な視点より国内世論を直接的に反映したものになりがちです。そのため、政府の戦略とは無関係に人道性を強調する傾向がある一方、往々にして感情的なものに流れやすくもなります。第一次世界大戦後、米国自身が発足させた国際連盟への加盟を、ヨーロッパに関わることへの警戒(孤立主義の伝統)から議会が批准しなかったことや、日米貿易摩擦が深刻化し始めていた1974年、鉄鋼業などとりわけ日本企業の攻勢に疲弊していた業種の要望を受けて、「不公正な貿易慣行を行う国」に米国政府が圧力・制裁を加えることを規定した「通商法301条」が制定されたことなどは、その象徴といえます。

 こうしてみたとき、米国市民の約半分が北朝鮮を脅威と認識するなか、連邦議会はその不安感を汲み取ったアクションを起こす必要から、ほとんど実現可能性のない「北朝鮮の国連除名」をあえて打ち出したとみてよいでしょう。国民の要望を政策に反映することは民主主義の常道であるとしても、その向こう受けのみを顧慮するなら「選良」の名には値しません。数ある政策分野のなかでも、外交・安全保障は多くの有権者にとって、縁遠く感じやすいものでありながらも、危機感に基づく強い反応を導きがちな領域といえます。その一方で、「勝った、負けた」や「どちらが正しい、間違っている」で処理することが困難な領域でもあります。北朝鮮危機を背景とする米国議会での「国連除名」の議論は、映し鏡のように、日本周辺の安全に関する日本の当事者意識とともに、その冷静な判断力を問うものでもあるといえるでしょう。(おわり)
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