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2017-09-29 15:29

(連載1)イギリスのポスト・ブレグジット世界戦略と日本

河村 洋  外交評論家
 ブレグジットによってイギリスはアメリカやその他の主要国との関係を強化する以外に選択肢がなくなっている。そうした国々の内で、日本はイギリスとの経済および安全保障のパートナーとして最も安定して有望な相手国である。日英両国はいくつかの重要な点で共通の立場にある。両国ともトランプ外交の不安定性と国際社会における彼の評判がどうあれ、アメリカとの特別な関係に重点を置かねばならない立場にある。ブレグジット後、イギリスは大西洋地域ではアメリカとの関係を強化する以外に道はない。日本の方が中国と北朝鮮の脅威の増大もあり、アメリカとの強固な同盟関係の必要性により迫られている。政治理念の観点からは、両国とも民主主義、法の支配、人権を重視している。さらに両国とも自国の国際的地位を科学技術立国に依拠して新興経済諸国との競争に対処している。

 他方、イギリスがヨーロッパ域外の主要国と戦略的あるいは経済的なパートナーシップを発展させようという取り組みは停滞している。なかでもテリーザ・メイ首相はドナルド・トランプ米大統領の訪英招請に熱心であった。ナショナリストのトランプ氏はブレグジットを大歓迎し、自らの大統領当選直後にニューヨークのトランプ・タワーで英国独立党のナイジェル・ファラージ元党首と会見したほどである。しかし、イギリス全土で反トランプ運動が盛り上がり、特に今年6月のロンドン橋テロ事件の折にトランプ氏がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした時にはそうした気運が高まった。このような事情に鑑みて、エリザベス女王は事件直後の議会演説でトランプ氏の訪英が延期となったことを示唆した。しかし英連邦の絆とコモン・ロー法体系は両国の通商合意妥結の決め手にはならない。むしろ重要なことは、イギリスはインドでの金融サービスの自由化を求めているのに対し、インドはイギリスへの自国の学生ビザと企業部署移動を要求していることである。また、たとえ通商合意が成ったとしても、インドの市場は世界銀行が経済的自由、腐敗、政府の有効性といった諸件について指標で各国と比較した順位がきわめて低いのでリスクも高い。

 メイ首相のポスト・ブレグジット外交は大変な難題に直面しているが、今年の1月にはエルドアン政権のトルコを相手に大きな成果を収めた。イギリスとトルコは通商交渉の開始とともに、トルコ空軍向けのTFXステルス戦闘機開発という1億ポンドの商談に署名した。両国ともヨーロッパの端に位置し、イギリスがEUを離脱する一方で、トルコはEU加盟申請を拒否され続けてきた。しかしイギリスがトルコと経済および戦略的パートナーシップを築き上げようとするなら、特に先のクーデター未遂事件以降は人権蹂躙が懸念される。さらに問題となるのは、エルドアン政権下でのトルコがイスラム復古主義に走り、ロシア、中国、イランと接近していることである。トルコは7月にロシアからS-400対空ミサイルの輸入まで決断した。そうなると、この国のNATOに対する忠誠が厳しく問われねばならない。こうしたヨーロッパ圏外のパートナーとの問題を考慮すれば、日本はポスト・ブレグジットのイギリスにとって非常に有望な相手国である。冒頭でのべたように日英両国は重要な国益と政治的価値観を共有している。日英関係の中心となるのは経済である。これが典型的に表れているのは、日産とトヨタがイギリスに設立した自動車工場である。実際にイギリス国内では日本企業1,000社が14万人を雇用している。貿易においてもイギリスは昨年で日本から世界第10位の輸出先である。また近年は両国の防衛関係も発展している。メイ首相が8月の首脳会談のため訪日した折、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦いずもに小野寺五典防衛相を儀礼訪問したことはきわめて象徴的である。日本が自国の護衛艦に外国の首脳を招くのは極めて異例なことである。しかし日英両国のパートナーシップにはブレグジットをはじめいくつかの問題が障害となりかねない。

 まず経済について述べたい。日本政府と財界はイギリスがブレグジットの悪影響をどのように最小化するかを注視している。メイ首相は安倍晋三首相との間で日・EU間の自由貿易協定に基づいた二国間貿易交渉を開始しようとしたが、日本側は友好的な態度とは裏腹に慎重であった。デービッド・ウォレン元駐日大使は「日本はブレグジットに深い疑念を抱いているが、安倍政権は丁寧にもそれをおくびにも出さなかったのだ」と語っている。経済に関する共同声明では、メイ・安倍両首脳は『貿易および投資に関するワーキング・グループ』を設立してブレグジットのリスク軽減をはかり、世界全体での自由貿易を主導してゆくことで合意した。実のところ、この宣言は日本が昨年9月にまとめた『英国及びEUへの日本からのメッセージ』と題される15ページの要望書に基づいたもので、イギリスのメディアには恐るべき警告と受け止められていた。この文書は基本的にイギリスが透明性の高いブレグジット交渉を保証し、自由貿易を維持することを要求している。この目的のため、日本はイギリスとEUの双方に対してブレグジットへの円滑で安定した移行を要請している。個別具体的には、日本は双方にイギリスのEU市場へのアクセス維持、イギリス金融機関への単一パスポートの認定などを要望していた。(つづく)
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