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2017-09-24 15:34

(連載2)「北朝鮮との協議」を難しくする4つのポイント

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 第2に、相互不信が根深いことも北朝鮮問題を協議で解決することを難しくしています。体制の存続とともに、少なくとも既にある核・ミサイルの保有を認めれば、北朝鮮政府に「これ以上核・ミサイルで威圧的な行動をとらない」、「核・ミサイル開発をこれ以上進めない」と約束させることは可能かもしれません。ただし、問題は、北朝鮮がその約束を守るかが定かでないことです。これまでも北朝鮮は国際的な取り決めをしばしば反故にしてきました。その最大のものは、五大国にのみ核保有を認めた核不拡散条約(NPT)に署名しておきながら、その間も核開発を進め、2003年に脱退した後、2005年に核開発成功を宣言したことです(この点、そもそもNPTに参加せずに1998年に核保有に至ったインドやパキスタンは、少なくとも「合法的」であった)。これに照らせば、何らかの約束を交わしても、それが守られないという懸念は払拭できません。その一方で、北朝鮮の側にも不信感はあります。仮に核・ミサイルの放棄を条件に体制の存続を米国が容認したとしても、北朝鮮がそれを信用するとは思えません。リビアのカダフィ政権の場合、2000年代初頭からの西側との緊張緩和の一環で大量破壊兵器を廃棄しました。しかし、その後の2011年の「アラブの春」とリビア内戦の混乱のなか、NATOの軍事介入によってカダフィ体制は崩壊。金正恩体制がカダフィ体制と同じ轍を踏まないよう警戒していることは、核・ミサイル保有に固執する一因になっているといえます。

 そして、第3に、北朝鮮が核・ミサイルを既に保有しているという事実も、交渉を難しくする一因です。同じく核開発をめぐって各国と対立したイランの場合、「平和利用」を条件に原子力開発を制限することで合意に達しました。まだ保有していないイランと異なり、北朝鮮は既に核兵器を保有しているのであり、それを「放棄させる」ことは、金正恩体制を崩壊させない限り、ほぼ不可能といえます。人間は、いまだ手に入れていないものは容易にあきらめられても、一度手に入れたものは手放そうとしません。信用できない相手から死活的利益の放棄を求められ、全面的な封鎖で追い詰められれば、「降伏する」より「日干しになる前に一撃喰わせて自分の言い分を認めさせる」ことが合理的判断にさえなり得ます。自らの軍事力にそれなりの自信があれば、なおさらです。満州事変後、原油禁輸を含む全面的な経済封鎖を敷かれ、明治以来の全ての権益を手放すことを求められた日本が、米国の「経済封鎖で日本は大人しくなるはず」というシナリオと裏腹に、むしろ米国攻撃に向かったことは、これに符合します。

 さらに北朝鮮との協議を難しくする第4の、そして最後のポイントは、北朝鮮の核・ミサイル保有を特例として認めた場合、NPTが地盤沈下を起こし、同じように核武装を目指す国が生まれかねないことです。NPTは、第二次世界大戦末期米国が核兵器の開発に成功し、戦後にソ連、英国、フランス、中国がこれに続くなかで1968年に結ばれました。つまり、NPTの締結は、五大国にとっては「先行者の利益」を確保でき、それ以外の国にとっては「これ以上の核拡散によって世界全体を不安定化させることを防ぐ」という利益を得られるものだったのです。五大国のみが核保有を認められることは確かに不公平なものですが、行きがかり上、世界全体の安定の観点から避けられないものだったといえます。しかし、北朝鮮を特例と認めれば、第二、第三の北朝鮮を生むリスクも発生します。それは既に不安定化している世界の安全保障環境を、さらに不安定化させ得るといえるでしょう。

 こうしてみたとき、北朝鮮の要求のうち、「体制の維持」はともかく、「核・ミサイルの保有」を受け入れることは、各国にとって大きなリスクとなります。しかし、冒頭に述べたように、経済制裁で北朝鮮を締め上げることには限界があり、軍事行動のリスクも大きすぎます。そのため、いずれは協議に向かわざるを得ませんが、どちらにしてもリスクがあるなら、より小さなリスクを選択する必要があります。「北朝鮮から核・ミサイルが飛散するリスク」と「北朝鮮の核・ミサイル保有を認めるリスク」の二者択一を迫られた時、米国がより不確実性の高い前者を嫌ったとしても、不思議ではありません。もちろん、その場合であっても、必要以上のごね得を許さないために、「これ以上の核・ミサイル開発をしない」ことを北朝鮮に約束させ、その監視体制を構築するなどの条件がつくことは容易に想像されます。とはいえ、朝鮮半島に核保有国がある状態が常態化する可能性があることも、あらかじめ想定する必要があることは確かです。いずれにせよ、北朝鮮問題は大きな転機を迎えつつあるといえるでしょう。(おわり)
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