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2017-09-08 12:20

(連載2)チキンゲームの果ての「水爆」実験

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 ただし、その一方で、今回の水爆実験により、北朝鮮自身も「自分で自分の首を絞める」状況になっているといえます。第一に、国際的な孤立です。トランプ政権とのチキンゲームが激化するにつれ、特に伝統的な友好国である中ロとの関係は悪化。6月には中国最大のエネルギー系国有企業である中国石油集団(CNPC)が北朝鮮への石油輸出を停止。8月下旬からは、北朝鮮の貨客船万景峰号のウラジオストク入港が禁止されています。このように伝統的な友好国も部分的とはいえ制裁に協力せざるを得ない状況は北朝鮮をして、ますます傍若無人な行動に向かわせています。今回の水爆実験は、中国をホスト国とするBRICS首脳会合が福建省アモイで開催されているなかで実施されました。これは「朝鮮半島の非核化」を求めてきた中国のメンツを潰すものといえます。北朝鮮にとって中国やロシアは「金づる」ではあっても、「兄貴面してあれこれ言ってくる面倒な相手」でもあります。今回の水爆実験は、日米韓への威圧であると同時に、中ロに対する「独立宣言」に近いものといえるでしょう。ただし、いうまでもなく、それは北朝鮮の孤立をさらに加速させるものです。

 第二に、さらに重要なことは、今回の水爆実験により、日米韓にとってだけでなく北朝鮮にとっても、威圧の応酬のネタ切れが近づいたことです。北朝鮮は核・ミサイル技術を向上させており、それはICBMや水爆開発に帰結しました。技術向上の成果を定期的にみせつけることは、北朝鮮にとってほぼ唯一といっていい交渉条件であり、水爆は恐らく北朝鮮にとって虎の子の「技術向上の成果」だったとみてよいでしょう。ただし、それは裏を返せば、水爆実験を行った以上、そのうえにさらに何か「隠し玉」があるかは疑わしいことになります。米ソ(ロ)の場合、冷戦時代から複数個別誘導再突入機(MIRV)、巡航ミサイル、ミサイル防衛網(MD)などの技術を進展させてきました。しかし、北朝鮮は相手に致命的な破壊をもたらす核戦力として最低ラインの「水爆プラスICBMおよびSLBM」を持つに至ったばかり(もちろんそれが脅威でないという意味ではない)で、それ以上のものを既にもっているとは考えられません。

 つまり、今回の水爆実験を受けて、日米韓の主導でより包括的な制裁が行われた時、北朝鮮には従前以上の威圧手段はなくなります。そのなかでチキンゲームをさらに加速させようとすれば、ミサイル発射などの頻度をあげるか、実際にどこかに着弾させる以外の選択肢はなくなります。日米韓が安保理緊急会合の開催を要請した4日、北朝鮮がICBM発射準備に入ったと報じられたことは、その兆候といえます。しかし、頻度をあげれば、それだけコストが膨らみます。冷戦終結とソ連崩壊の遠因は、核開発競争によるコスト負担の大きさにありました。その意味で、ICBMなどの量産化に踏み切ることも、やはり北朝鮮にとって「痛しかゆし」といったところです。また、「いつあるか分からない」からこそ核実験やミサイル発射のインパクトは大きく、これが年中行事になれば威嚇としての効果は低下せざるを得ません。さらに、実際にどこかに着弾させるとなれば、北朝鮮にとってもリスクの大きすぎる賭けです。チキンゲームが加速するなか、日米韓だけでなく北朝鮮にとってもカード切れが迫っているとみてよいでしょう。

 したがって、遅かれ早かれ北朝鮮と日米韓、とりわけ北朝鮮が主たる相手と目している米国は交渉に向かわざるを得ないといえるでしょう。とはいえ、米国にとって北朝鮮の体制はともかく、その核保有まで認めることは、悪しき先例を作ることになりかねません。逆に、北朝鮮がほぼ唯一の交渉カードを手放すことは想像できません。さらに、どんな形であれ交渉に踏み切ることは、一貫してこれを主張してきた中ロの影響力が大きくなることを意味するため、これもトランプ政権と金正恩体制を逡巡させる要因といえるでしょう。こうしてみたとき、今回の水爆実験を受けて安保理で次の決議が採択されれば、双方にとってそれ以上進むことも退くことも難しい局面に入ることは確かとみられます。それは北朝鮮が締め上げられて日干しになるか、その前に暴発するかの長いレースの一里塚といえるでしょう。(おわり)
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