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2017-06-23 10:52

(連載2)米国のパリ協定離脱宣言がもつ教育効果

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 パリ協定からの離脱は、全体にとってだけでなく、米国にとっても不利益をもたらします。それは信頼や認知度の低下という不利益です。全体の取り組みによって得られる利益を享受しながら、全体のためのコストを負担せず、自分の利益だけを追求する者はフリーライダー(タダ乗り)と呼ばれます。フリーライダーが蔓延すれば、全体の努力が無に帰す恐れがあります。そのため、「集合行為のジレンマ」の考え方を打ち出したオルソンによると、フリーライダーを生まないようにするためには、何らかの強制と、お互いの監視が不可欠になります。地球温暖化問題に関していえば、パリ協定で各国に課される排出削減の目標と、その実施に関する定期的な報告が、それにあたります。

 今回の決定で、米国は温暖化防止のためのコストの分担を拒絶しました(独自の取り組みの成果を期待できるなら、そもそもグローバルな取り決めは必要ない)。しかし、その一方で、各国が温暖化防止のための取り組みを進めれば、その成果を米国も享受することになります。つまり、トランプ大統領はパリ協定からの離脱を宣言することで、温暖化問題において「米国がフリーライダーになる」と宣言したに等しいのです。極小の貧困国ならまだしも、名誉ある地位にある国が、全体を維持するためのコスト負担(それがどの程度の割合かはともかく)を拒絶しながらも、自分の利益のみを得たいというのであれば、トラブルメーカーとみなされても文句はいえません。少なくとも、外部からの評価でいえば、トランプ大統領が好んで口にする「米国をもう一度『偉大な国』にする」という言葉の実現は、今回の決定だけでも、何歩も後退したといえるでしょう。いかに大きな力を持っていようとも、その立場に相応しい振る舞いをしないリーダーは、大きな力を持っているがゆえになおさら、フォロワーからの信頼を得にくくなります。現状の米国は、まさにそれです。そして、そのことは、既にロイター通信などで取り上げられているように、結果的に中国の利益にもなり得ます。

 中国は、開発途上国として、京都議定書では温室効果ガスの削減義務を免除されていましたが、パリ協定では削減義務を負っています。中国の歴代政権は、環境、人権、貿易・投資など、欧米諸国主導の国際的な取り決めやルール作りに批判的な立場を貫いてきました。しかし、習近平体制のもとで中国は、むしろグローバルな課題設定やルール作りに積極的に関与することで、国際的な指導力を伸ばす方針に転じています。さらに、パリ協定では開発途上国が温室効果ガス排出削減を進めやすくするための技術協力なども定められており、(その技術水準は先進国ほどでないにせよ)中国はこの分野でも海外進出の加速を図っています。この分野から米国企業が消えれば、その間口は、さらに広がるとみられます。こうしてみた時、パリ協定から米国が離脱することは、中国にとって、環境分野における存在感を高める機会が転がり込んできたことを意味します。言い換えると、今回の決定は、中国の目からみて、いわば大きな「敵失」と映ることでしょう。中国が国際的な認知度や指導力を高めることを、我が事のように喜ぶほど、トランプ氏が博愛主義者とは思えません。

 これらに鑑みれば、トランプ氏のパリ協定離脱宣言は、極めて狭い意味での「国益」を優先させた結果、世界全体にとっての損失となるだけでなく、米国自身の長期的な利益をも損なうものといえます。「損して得とれ」という古い格言があります。短期的にはマイナスとなるような仕事でも、それを元に信頼を培ったり、経験値を高めることで、長期的なプラスに繋げればよいという考え方です。少なくとも今回の場合、トランプ氏はこれとは正反対に「得して損する」という選択をしたと言わざるを得ません。これは、短視眼的な「自国第一主義」が、かえってその国にとって長期的な利益を損ないがちであることを、端的に示す例といえるでしょう。なぜ自分の利益だけを追求してはいけないのか、をこれ以上わかりやすく説明した教材はありません。トランプ氏はまさに「偉大な」教育者とさえいえるのかもしれません。(おわり)
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