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2017-06-22 11:32

(連載1)米国のパリ協定離脱宣言がもつ教育効果

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 6月1日、米国トランプ大統領はパリ協定からの離脱を宣言しました。2015年、国連で締約されたパリ協定は、世界各国に温暖化防止のための取り組みを求めるものですが、トランプ大統領にいわせると、これが米国経済にとって大きな悪影響をもたらすといいます。いわば、米国を地球環境より優先させたといえます。今回の出来事は、トランプ氏の支持者や、トランプ氏との関係改善を望むだけでなく天然ガス輸出に利益をもつプーチン大統領などを除けば、ほぼ世界中から批判の対象になっています。ただ、そこで敢えてポジティブな意味を見出すとすれば、「『自国第一主義』はどこに問題があるか」、あるいは「なぜ自分の利益だけを追求してはいけないか」を説明するのに、これ以上ない教材を提供してくれたことがあげられます。念のために確認すれば、トランプ氏のパリ協定離脱宣言は、これまでになく「米国第一」が鮮明です。

 温暖化問題に関して米国は、今回のパリ協定離脱に先立って、2001年に京都議定書から離脱した「前科」があります。当時のブッシュ政権は、既に温室効果ガスの大排出国になっていた中国など開発途上国に削減義務がないことが「不公正」だとして、自らの立場を正当化しました。これに対して、中国も削減義務を負っているパリ協定からの離脱において、トランプ大統領はただ「米国にとって不公正」というだけです。パリ協定離脱に関して、ホワイトハウスは「トランプ氏が温暖化対策そのものを否定したわけでない」と釈明しています。しかし、何が不公正かなのかすら明確にしないままに、ほぼ全世界が参加する枠組みから一方的に離脱を宣言したことは、温暖化対策のためのコスト負担そのものを忌避していると言われても仕方ないでしょう。そこからは、トランプ政権の「自国第一主義」は、ブッシュ政権時代の「一国主義」より増幅していることを見出せます。

 トランプ大統領の決定は、米国の石油・天然ガス開発だけでなく、自動車(電気自動車を除く)や鉄鋼などの重厚長大型産業からは支持されやすいものです。米国のこれらの関連企業は、省エネ技術を発達させてきた日本やヨーロッパ企業に比べて、温暖化対策にビハインドがある一方で、伝統的に政治資金を通じて米国政界に大きな影響力を持ってきました。その意味で、パリ協定からの離脱は、国内政治の文脈においては、合理性がないわけではありません。一般論として「それぞれの国が自国の利益を追求するのは当たり前」ということは可能です。これは一見したところ分かりやすいですし、また人間の利己性を考えれば、当然ともいえます。さらに、自分のスランプの原因を外部に求めたがることも、人間的といえるかもしれません。

 しかし、個々人が自分の利益のみを追求すれば、全体にとっては最悪の結果をもたらしがちです。これは経済学では「集合行為のジレンマ」と呼ばれます。例えば、誰しも税金は払いたくありませんが、公共サービスを受けたくないと思う人もほとんどいません。もし個々人が「個人の利益」を最大化するために税金を納めなければ、公共サービスは全てなくなり、全体にとって最悪の結果に行き着きます。国際政治において「集合行為のジレンマ」が最も象徴的に現れるのが、地球温暖化をはじめとする環境問題です。どの国にとっても、快適な環境は望ましくても、省エネなどそのためのコスト負担は避けたいところです。そのため、各国にとって一番(自分の利益を最大化させるという意味で)合理的なのは、「自分の国は規制のためのコストを負担しないが、他国には温室効果ガスの排出のコストを負担してもらう」ということです。しかし、全ての国が「自国の利益」のみを考えれば、地球温暖化は止まりません。それは全人類的に「最悪の結果」といえるでしょう。(つづく)
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