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2017-03-01 06:50

“米中連携”のカギは米国が握る

杉浦 正章  政治評論家
 韓国民全員を殺傷してもあまりある化学兵器を保有する北朝鮮が、これを金正男暗殺に使ったことが、金正恩の大誤算になりつつある。事件がピストルや刃物であったら、衝撃はより少なかったであろうが、原爆に匹敵する殺傷力を持つVX兵器をあえて暗殺に使ったことは、金正恩が、禁断の領域に踏み込んだことを意味している。暗殺手法は、パズーカ砲や最近では高射砲まで使って要人の処刑を断行してきた、紛れもない異常性格者のこれまでの手口をそのまま反映したものだ。金の直接指示があったことなどは言うまでもないことだ。さすがに中国も黙っていられなくなった。石炭年内輸入禁止という北の態勢を崩しかねない瀬戸際政策を打ち出した。米国もトランプが「オバマは北朝鮮を甘やかせてきた」と、何やらすごんでいる。トランプにとっては、自らに集中するマスコミや国民の批判を海外にそらす絶好のチャンスでもある。米中両国が“連携”ともみえる動きを開始したのだ。北朝鮮の化学兵器保有量は25種、2500~5000トンにのぼる。米国、ロシアに続き世界第3位だ。韓国国民を全員殺傷しても余る量だ。炭疽菌など生物兵器も13種もある。北朝鮮はこのような生物化学兵器工場を17持っている。韓国の新聞は「より大きな問題は、北朝鮮が有事の際はもとより、平時にも生物化学兵器で韓国の要人暗殺や社会混乱を引き起こす危険性が高いことだ」と戦慄すべき見方をしている。油断すれば、日本でも同様のテロが発生しうる。

 こうした事態を深刻にとらえて米中の接触も頻繁となった。2月17日には国務長官ティラーソンと外相王毅が初会談した。会談でティラーソンは「北朝鮮の脅威が高まっている。挑発行為抑制のために中国が可能なすべての手段を使うよう希望する」と発言、北に対する強固な政策を要求した。中国は米中外相会談の2日後に、かってない規模の石炭輸入停止という経済制裁を打ち出した。事件の6日後だから、素早い対応であった。輸入停止の理由について中国は「2017年の北からの輸入が国連決議の上限に近づいている」ことをあげた。そしてこの報告もあってか、外交最高責任者で国務委員の楊潔チも21日にティラーソンと電話協議した。国連決議は年間4億ドルを上限としており、昨年の輸入は約12億ドルである。早くも上限に達したかどうかは疑問があるが、これは中国がようやくにして国連決議の履行に踏み切ったことを意味する。石炭は北の輸出の4割を占め、停止となれば北の経済にとって大打撃となるが、中国との国境線は長い。様々な抜け道があると見なければなるまい。外国経由の輸出もあるだろう。

 いずれにせよ中国が本格的な制裁に乗り出したことは、新局面を意味する。両国メデイアも前代未聞のバトルを繰り広げている。朝鮮中央通信が「大国と称する国が、定見もなく米国の拍子に踊り、幾ばくかの金銭を遮断することで我々の核兵器や大陸間弾道ミサイルを作れないと考えること自体、この上なく幼稚」と毒づけば、環球時報は「制裁を忠実に実行し、北の反応に影響されてはならない。北に中国と全面対決する能力はない」といった具合だ。中国が初めて真面目に国連制裁決議に動いたのは、トランプ政権の動向にただならぬものを感じたからに違いない。オバマが「戦略的忍耐」と称して、中国の南シナ海への進出を許し、北の核・ミサイル開発を野放しにした戦略は、改められると感じ取ったのだろう。トランプが中国が後生大事にする「一つの中国」政策に、一時難癖を付けたのも利いたのだろう。楊潔チが2月27日から28日まで米国を訪問することも視野に入れたに違いない。トランプが28日に初めて議会演説に臨むのを前に、中国側の立場を改めて説明する事前の地ならしというわけである。しかし、中国の北に対する制裁措置は石炭の輸入停止が最大のものであろう。なぜなら北の崩壊は、国境線が米韓軍事同盟と接することを意味しており、これが共産党一党独裁政権にとって最大の脅威ととらえられる事態となるからだ。

 こう見てくると、劇的に朝鮮半島情勢を動かすには、中国よりやはり米国がカギとなる。トランプは首相・安倍晋三との会談後の記者会見で「北朝鮮のミサイルからの防衛は極めて高い優先事項」と発言、北の出方によっては軍事行動もあり得る姿勢を示唆した。ロイター通信には「金正恩のしてきたことには激怒している」とも発言している。こうした発言と合わせて、「力による平和」を唱えるトランプは、米国防予算を現在の10%に当たる540億ドル(約6兆円)増額する方針を表明した。これが何を意味するかだ。南シナ海や中東をにらんでのことであろうが、北朝鮮も視野にないとは言えまい。何らかの「軍事行動」も辞さぬ構えと受け取れないだろうか。少なくとも中国との裏折衝では、中国が本気で制裁をかけないなら、軍事行動もあり得ることを取引的にほのめかすことはあり得るだろう。対北制裁の動きは、世界的な広がりを見せており、欧州連合(EU)も対北朝鮮制裁を決定した。石炭・鉄・鉄鉱石など鉱物取り引きを北朝鮮とは行わないことに加えて、北朝鮮にヘリコプターや船舶も販売しないという厳しいものだ。北は完全に孤立化した。金正恩はこうした動きに慌てて、高官を中国とマレーシアに派遣して火消しに懸命だ。中国に外務次官李吉聖を、マレーシアには前国連次席大使リ・ドンイルら代表団を派遣した。異例の対応は国際社会の反応のすごさに戸惑う姿を垣間見せている。おりから米韓両軍は恒例の合同軍事演習を史上最大規模で開始する。一方、北はICBMの実験を示唆しており、なにやらきな臭さは増す流れとみなければなるまい。
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