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2017-01-18 06:39

トランプ“暴言路線”に変化の兆し

杉浦 正章  政治評論家
 そもそも平家物語や漢書にある「綸言(りんげん)汗のごとし」などという東洋の考えはトランプには通じないのだろう。一度口に出した君主の言葉は汗が再び体内に戻らないように取り戻すことはできないという思想だが、むしろトランプは人気ドラマの「逃げるは恥だが役に立つ」ではないが「変わるを恥じねば役に立つ」の方だろう。確かにそのトランプが変化の兆しを見せ始めた。議会における閣僚の証言との間で齟齬(そご)が生じているが、ワシントンポスト紙も、「選挙中の過激な発言は閣僚が押さえるだろう」と分析している。トランプ自身も整合性の問題について「閣僚にはありのままでいてほしい。私の考えではなく、彼ら自身の考えを述べてほしい」と発言している。これは柔軟姿勢であると同時に、「聞く耳」を持っていることを意味している。ワシントンポスト紙は、トランプと閣僚は全く意見のすりあわせをしていないようだと分析しているが、あえてしないのは逆に軌道修正の兆しとも受け取れる。自らの著書「Art of Deal」(取り引きの仕方)でトランプは、商売のコツについて「最初は高くふっかける」と説いているが、トランプにとっては外交も安保もすべてが「高くふっかける取り引き」と解釈すれば分かりやすい。

 ツイッターにおけるトランプの選挙中の暴言は、大統領上級顧問となる娘婿のジャレッド・クシュナーの入れ知恵であったとされている。選挙後に周辺から「暴言を修正した方がいい」との声が出たが、クシュナーは暴言路線の維持を主張した。その代わり閣僚が修正してゆけばよいとの判断が背後にあったとされている。急変したら支持層から見放されることを意識したものとみられる。それではその変化の兆しはどこに現れているのだろうか。まず対日関係では選挙中トランプは在日米軍の撤退を示唆したかと思うと、北に対抗して核武装を勧めると行った具合だったが、最近では一切口にしなくなったばかりか、「そんなこと言っていない」と打ち消している。対日関係では次期国防長官ジェームズ・マティスが「同盟国とは緊密に連携を進める」と発言すれば、国務長官になるレックス・ティラーソンは尖閣防衛について「我々は日本との約束に沿って対応する」と従来の路線を堅持する方針を打ち出した。こうした発言がトランプ政権の本音であろう。

 また対露関係でトランプは「 ロシアと良好な関係を持つのは良いことだ。悪いことだと言うのはバカか愚か者だけだ」と書き込むかとおもえば、プーチンとの関係を「資産」と称してG7による対露制裁を独自に撤廃する方針を述べた。しかしその肝心の対露制裁についてトランプは13日付ウオールストリート・ジャーナル紙に「制裁は少なくとも当面の間は維持する」と述べるに至っている。変化と受け取れる。閣僚らの「今のロシアは危険をもたらす原因だ。ロシアは自身の行動に責任を持たねばならない」(ティラーソン)「ロシアとは対立する分野が増えつつある。プーチンはNATOを壊そうとしている」(マティス)といった発言や議会共和党の反露ムードに寄り添ったとみられる。しかし対露制裁解除と引き替えに核兵器削減交渉を実現させるという基本方針は変えようとしていない。対中関係については基本的に強硬姿勢に変化は見られない。ウオールストリート・ジャーナル紙には「為替や貿易の問題で進展がなければ、中国と台湾を不可分とする『一つの中国』の原則に縛られない」と発言して、ぶれていない。中国が一番痛がる台湾との関係強化を武器に、対中譲歩を迫る姿勢を維持している。ただし、トランプは「就任初日に中国を為替操作国に認定する」としてきた方針を「まずは中国と協議する」に和らげた。いずれにしても日本は頭越しの妥協を警戒した方がよい。

 欧州との関係についてもトランプ発言で激しい対立が続いたままだ。欧州連合(EU)についてトランプは「英国以外の国々も離脱するだろう」と、予言したが、フランス大統領オランドは「部外者の助言は不要だ」と切って捨てた。トランプのEUによる移民受け入れ批判についてもオランドは「紛争を逃れて他国に移住する権利はそもそも米国で培われたものだ。欧州には固有の利益と価値観がある」と激しく反論した。トランプはドイツ首相メルケルの難民受け入れ政策を「破滅的な過ち」と批判したが、メルケルは「トランプ氏とはあらゆるレベルで協力していく」と述べ、大人の対応をしている。

 一方トランプは環太平洋経済連携協定(TPP)に関して選挙確定後も「就任日に脱退を通告する」と立場を変えていない。商務長官に指名されたウィルバー・ロスも「TPPはひどい契約だ」と述べ、認めない考えを表明しており、トランプと歩調を合わせている。従って当面は悲観的な空気が漂う。こうしてトランプは硬軟織り交ぜた路線を取りつつも、次第に現実路線へと舵を切りつつあるように見える。先に筆者はこのままでは4年持たないと予測したが、米国でも著名なジャーナリストのマイケル・ムーアが最近「トランプは4年の任期をまっとうできないはずだ。彼にはイデオロギーがない。彼がもつイデオロギーは、自分に対するものだけ。そういうナルシストだから、彼は、意図せずして、いずれ法律を破るだろう」と断言している。加えてモスクワでのセックス・スキャンダルもある。閣僚や側近が方向転換をよほどうまく運ばない限り、政権は綱渡りの様相で推移するだろう。
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