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2017-01-13 06:10

トランプとメディア激突の構図が浮上

杉浦 正章  政治評論家
 筆者がモスクワゲート事件と名付けた次期米大統領トランプをめぐるセックス疑惑が、11日の記者会見でいよいよ具体的に米メディアの俎上にのぼった。これまで選挙中に公表された数々のトランプのセックススキャンダルと異なり、プーチンに情報を握られたこの事件は、米大統領がスキャンダルをネタに敵対する国の大統領から“ゆすられる”危険を伴う驚がくの内容である。真偽はまだ霧の中だが、記者会見でのトランプの激高ぶりは尋常ではなく、確実にトランプとメディアの対立の構図ができあがった。筆者がつぶさに取材した72年に発生し、74年のニクソン辞任につながるウオーターゲート事件とそっくりの激しいやりとりが43年ぶりに復活した。権力とメディアの激突の幕開けとなった。
 
 政策をほとんど棚上げでなぜロシア問題に質問が集中したかは、記者会見を聞いただけでは分からない。しかし、裏を見れば前日にCNNテレビが報じ、これを機に満を持していたウェブサイトBuzzFeedが、ワシントンの一部に出回っていた疑惑の文書を全文報じたことに端を発している。文書はトランプと選挙で対立する敵対陣営が英国のスパイ組織・情報局秘密情報部(MI-6)の元情報当局者クリストファー・スティールに依頼して作成したものである。報告書は35ページにわたるがCNNによるとその要約の2ページが、米情報機関の幹部によってオバマに5日、トランプに6日に提出されたという。内容は(1)ロシア政府は長年にわたって、トランプ氏に「近づき、支持し、支援している」(2)ロシア情報機関は、モスクワのホテルで隠し撮りされたトランプのセックスビデオを持っている、(3)トランプ次期大統領陣営の幹部は選挙の数ヵ月前から、ロシアの高官と秘密裏に会合を持っていたなどと記載されている。2013年にモスクワのホテルにおけるトランプと売春婦とのセックスビデオが存在するという内容である。隠ぺい工作もうかがわせる。

 記者会見でトランプは最初からけんか腰で「おそらく情報機関から漏れたいくつかのナンセンスな情報を調べてくれた報道機関に感謝する」と切り出した。そして報道したBuzzFeedを「ゴミの山」と決めつけた。「彼らは結果に苦しむことになるだろう」とすごんだ。記者団から「プーチンはあなたを選挙に勝つように助けたといわれるが」との質問が出ると「すべてが嘘のニュースだ。そのようなことは起きていない。我々の対抗勢力が集めた情報だ」と全面否定。しかしCNNの著名なリポーター、ジム・アコスタが「次期大統領、我々の報道機関を攻撃しているなら、質問の機会をいただけませんか」と質問すると、「あなたには質問はさせない。あなた方は偽ニュースだ」と拒否した。「関係者がロシアとコンタクトを取っていたのか」というもみ消し工作をうかがわせる質問には、聞こえないふりをして逃げた。会場の脇にはトランプ一家が陣取り、トランプの発言ごとに声援を送ったり、拍手をしたりしたが、これが意味するものはトランプの小心さが家族の助けで補われているという現実であろう。2か月にわたり会見を拒否し続けたのも、モスクワゲートが取り上げられるのを恐れてのことと受け取れる。事態は議会にも波及しつつあり、BuzzFeedによると、民主党幹部が、疑惑の調査実施を求めた。上院議員ディック・ダービンも、議会または特別委員会による調査が必要との見方を示したという。

 しかし、米国家情報長官のクラッパーは「この文書が信頼できると判断していない」と信憑性への疑問を表明した。BuzzFeedは文書公開にあたり反対意見も報じている。メディア研究機関ポインターのケリー・マックブライドは、「文書の全文公開はジャーナリズムではない」と批判。トランプ支持者で保守的なラジオ番組の司会者、ローラ・イングラハムは、「ジャーナリズム倫理の驚くべき崩壊」と表現したという。一方でニューヨークタイムズも事件を報道しながらも、「ロシア側はホテルの部屋でまずい行動をする秘密のテープなど持っていない。なぜなら海外のホテルに行くたびに、トランプ氏は同行者に『気をつけろよ、ホテルの部屋ばかりかどこにいこうとカメラに狙われているかもしれない』と警告していた」と強調。「記者会見でトランプ氏が言ったことのうち、これはおそらく最も説得力のあるものだった」と肩を持っている。しかし「気をつけろ」と言ったことで疑惑が消えるとも思えない。この議会とマスコミを巻き込んだ政権との激しい対立の構図は冒頭述べたようにウオーターゲート事件とそっくりだ。ニクソンが命じて民主党の選挙対策本部を盗聴した事件は、FBIの副長官であったマーク・フェルトが、ディープ・スロートと呼ばれた情報源となってワシントンポストの記者2人に情報をリークし続けた。米国の民主主義は政権内部でも正義を貫き通す人物が現れるのだ。今回のリークも同じ構図であり、これからも様々な情報が政権内部から漏れる可能性が高い。ウオーターゲート事件ではリークに呼応するかのようにホワイトハウスの記者団が報道官らを追及し続けた。その執拗さも尋常ではなく、とくに74年8月に辞任を表明する半年前からは午前の報道官による会見が2時間3時間と続くケースもあった。この構図が20日に発足するトランプ政権でも続くのだ。それにつけても記者会見と同じ日にオバマのさよなら演説が行われたが、品の良さとジョークの巧みさは、下品きわまりないトランプと好対照であった。国民統合の中心であるはずのトランプが、国論分裂のキーマンとなってしまった。米国の漂流が始まろうとしている。
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