国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百花斉放」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2017-01-10 11:26

トランプ氏は「地獄」を再び見たいか?

鍋嶋 敬三  評論家
 酉年の2017年は「騒がしい年」らしく始まった。危機の時代の幕開けである。米調査会社ユーラシア・グループの報告書「トップ・リスク2017」の第1位はトランプ次期大統領の米国であった。「我々は2017年、地政学的不況の時代に入った」として、第二次大戦後最も不安定な政治的リスクの年として、国際的な安全保障と経済構造の弱体化、大国間の不信の深刻化を予測した。そこに飛び込んだのが新たなトランプ発言である。トヨタ自動車のメキシコ新工場建設計画について「だめだ(NO WAY!)。米国に工場を作れ。そうでなければ高い関税を払え」とツイートした。トヨタが219億ドルを投じて全米10カ所の拠点を持ち、130万台を生産、13万6000人を雇用している実態を無視しているのだ。1990年代の日米自動車摩擦で「地獄を見た」悪夢が再現される予兆である。

 1980~90年代、日本から鉄鋼、自動車の対米輸出を巡る摩擦は熾烈を極めた。その背景にある米基幹産業の衰退はラストベルト(さびれた地域)としてトランプ氏逆転勝利の基盤となった。1993年1月のクリントン政権(民主党)発足後、本格化した自動車と同部品の輸出を巡る日米交渉は、米国が通商法に基づく「制裁」の発動を脅しに貿易戦争寸前に追い込んだ。当時、交渉の前面に立たされた栗山尚一駐米大使はW.モンデール駐日大使(元副大統領)が後日、「『日米は崖っぷちに立って、下に地獄を見た』との感想を私に漏らした。私も同感だった」と回想している(「日米同盟 漂流からの脱却」1997年刊)。1994年2月には日米経済の包括協議を巡り細川護煕首相とクリントン大統領の首脳会談が決裂。栗山大使は「共通の目標を失って、漂流状態に」陥った日米関係のもろさを嘆いた。

 トランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)からの離脱とともに、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉も主張しており、企業の進出計画に与える影響は計り知れない。20年以上前に栗山氏がNAFTAに注目したことが2点ある。第一に米国の保護主義、ナショナリズムの強さである。労働組合を支持基盤とする民主党だけでなく、自由貿易派が多い共和党にも広がり、「メキシコ脅威論」に発展した。第二に日本企業がNAFTA を利用して対米輸出の拡大を狙うとする「日本脅威論の復活」。トランプ氏の発想の源は四半世紀前の「日本脅威論」の再復活である。1980年代のバブル期にジャパン・マネーが米国を席巻し、ニューヨークのシンボルであるロックフェラー・センターの買収など、トランプ氏の足元が脅かされたという強烈な感情が根底にはあるようだ。栗山大使はウォール街からクリントン政権に参加した高官との対話から「日本とのビジネス体験がある人ほど日本に厳しい傾向があると思うようになった」との感想を漏らした。

 トランプ次期政権の経済、通商担当にはビジネス界出身者が多用されている。通商政策の司令塔になる新設の「国家通商会議」担当の大統領補佐官に起用されたP.ナバロ氏は対中強硬派で知られる。W.ロス商務長官やR.ライトハウザー通商代表(USTR)は日本と関わりが深い。米鉄鋼業界と近いライトハウザー氏は80年代の日米鉄鋼紛争で日本を輸出自主規制に追い込んだ強者である。1月20日に就任するトランプ次期大統領の「米国第一主義」の前に、ビッグ3のフォードはメキシコへの自動車工場新設計画を撤回。一方、ゼネラル・モーターズ(GM)はメキシコでの生産を維持する方針だ。トランプ氏の「核心的利益」が「米国第一」である以上、外国の利益を損ねても米国の利益を最優先するため、管理貿易に走る危険は大である。保護主義が強まり多国間自由貿易体制の危機が迫る。米国人は「やる」と言ったら本気でやる傾向が強い。自らあおったポピュリズム(大衆迎合主義)がナショナリズムを高揚させ、それが政権の柔軟な発想と政策立案の手足を縛る悪循環はNO WAY!である。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百花斉放』から他のe-論壇『議論百出』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
公益財団法人日本国際フォーラム