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2016-11-20 09:13

東アジアの経済発展と技術選択

池尾 愛子  早稲田大学教授
 開発経済学の歴史的研究がアメリカ大陸とヨーロッパに焦点をおいて進行している。注目される人物に、E・シューマッハ(ドイツ出身)がいる。彼は1960年代半ばに、「中間技術の理論」(theory of intermediate technology)を提唱し、1966年にロンドンにその普及のためのオフィスとして中間技術開発グループ(ITDG)を設立した。「中間技術」の考え方は、1964年に開催されたケンブリッジ大学での国際会議「発展における工業化の役割」で発表され、1965年公刊の会議録(ロナルド・ロビンソン編集)に収録されている。彼の『スモール・イズ・ビューティフル』(1973年)では「中間技術の理論」をめぐって論争があったことが読み取れる。言葉にすると、高価な最新技術でもなく、途上国の土着の廉価技術でもなく、その中間の技術を途上国に採用することを提案しているように響き、彼のビルマ(現ミャンマー)赴任の経験(農業部門の観察)をもとにしているとある。

 日本国際フォーラムの創設者の一人である大来佐武郎(当時、経済企画庁)は、1960年の国際経済協会(International Economic Association)の蒲郡円卓会議「東アジアに特に関連した経済発展」で「技術の選択」と題する論文を発表している。この会議は日本では初めての経済関係の国際会議(日本側組織者は一橋大学の中山伊知郎)である。国際経済協会はパリに本部をおき、各国の代表的経済学会と連絡を取って、国際的な経済・金融の問題の集中的議論、理論経済学者と応用経済学者との交流などを目指して運営されていた。会議には、国際機関に所属するエコノミスト、所属した経験のある経済学者が今でもよく参加している。1950年代半ば以降、国連経済社会委員会のアジア極東委員会(ECAFE、本部バンコク、現ESCAP)では、ようやく(経済再建を越えて)経済発展がテーマになってきていた。そして、発展と技術の関係が注目され、発展途上国の農業部門に適切な技術とはどのような技術であるかについて、論点がかなり整理されたようにみえる。

 ECAFEでは、工業部門の発展についてもかなり議論が積み重ねられたようにみえる。日本の英文雑誌『オリエンタル・エコノミスト』(1934年創刊、月刊誌の期間が長い)が豊富な経済・金融・産業・貿易データを掲載していたことを知っていた専門家たちは、戦後、日本の経済データが利用可能になることを心待ちにしていたようである。日本のデータが再び利用可能になって、改めて日本の工業発展の様子が注目されることになったといえそうである。もっとも日本の明治時代以降の近代化についての解釈と、当時のECAFE地域の経済発展に持ちうる意味合いが、各国の専門家の間で相違したようである。それゆえに、1960年の蒲郡円卓会議のテーマとして取り上げることになったようにみえる。

 蒲郡会議の会議録はケネス・ベリルの編集により1964年に出版されている。大来は、人口密度の高いアジアの事情に鑑みて、次の3要因の最適な組合せを政策として選択することを唱えた。「(1)資本の経済性と雇用最大化に重点をおく技術、(2)単純な技術から複雑な技術への段階的進歩、(3)工業化を加速させるための政府の計画とリーダーシップ」である。大来は1952-3年頃にECAFEに経済分析官として赴任していた。彼の1960年論文の副題に「日本の経験とその意味」とはあるものの、ECAFEやその関係者たち、日本人専門家たちとの議論を反映した提案になっていると考えるべきであろう。東アジア諸国の一部では、すぐに採用された可能性がある。1964年の国連貿易開発会議(UNCTAD)に提出した経済援助に関する報告で有名になった、ブラジル出身のR・プレビッシュの研究も進んでいるようである。日本や東アジアについてこの時期に焦点をおく歴史研究(recent history)がもっと発信されるべきだと感じられるのである(2015年12月30日付けの本欄への私の投稿「1977年『福田ドクトリン』の今日的な意味について」が関連する)。
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