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2016-11-05 16:27

(連載1)西側民主主義の再建によって不確実性を増す世界を乗り切れ

河村 洋  外交評論家
 今や多極化する世界の不確実性が語られているのも、アメリカ国内での孤立主義の高まりによって国民の間で世界の警察官という役割への支持が低下しているからである。ロシアと中国が自国の力を強く意識していることは疑いようもないが、それはアメリカと西側同盟国が自由主義世界秩序への関与に消極的になり、西側のハードパワーが相対的に低下しているからである。しかし注目されるのは、そうした生の国力の側面ばかりで、西側民主主義の弱体化という憂慮すべき事態は見過ごされているように思われる。民主主義への信頼が失われると、専制国家とデマゴーグが勢いづく。これによって世界はますます不安定で不可測性を強める。

 まず、現在の民主主義の危機についての全体像を述べたい。不確実性の時代に入った今や、ポピュリズムの台頭が世界各地で見られるようになった。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は10月20日にシンガポールで開催されたバークレイズ・アジア・フォーラムにて、このことに関する概要を述べた。ブレグジットやトランプ現象に見られるように、先進国では「腐敗した」エスタブリッシュメントへの反感が広まっている。他方で新興経済諸国では国民のナショナリズム感情を満足させるために強権指導者が望まれているが、それによってこれらの諸国では権力分立も透明性も弱くなっている。

 ポピュリズムはどのように民主主義を劣化させるのだろうか?スイスの歴史学者ヤーコプ・ブルクハルトは1889年に友人のフリードリヒ・フォン・プリーンに当てた手紙で「事態を恐ろしく単純化する者」について、「悪徳な指導者が自らを国家の抱える複雑な問題の万能の解決者であるかのごとく振る舞い、究極的には法の支配が否定されてしまう」と警告した。現在では法案も条約も過去のものに比べて非常に長大で複雑になった。マグナ・カルタや独立宣言といった歴史的文書は数枚の紙に書かれただけであるが、TPPの原案は5,554ページ、オバマ・ケアは961ページにも及ぶ。このような状況では、政治家は問題の全体像を充分に理解することなく互いに枝葉末節な議論に陥りがちである。エリートがこのように混乱してしまえば、国民は上からの「説教」にますます反発し、醜悪な感情に突き動かされてしまう。今日の国民はブルクハルトの時代よりもさらに「悪徳な指導者」の影響を容易に受けかねない。

 ドナルド・トランプ氏は「事態を恐ろしく単純化する者」の最も顕著な例であり、西側民主主義の信頼を傷つけて世界を不安定化させかねない。にもかかわらず、反エスタブリッシュメントの労働者階級にとって、彼は救世主である。トランプ氏は、保護主義と政府の規制を支持して、経済的な選択の自由を尊重しないばかりか、「俺だけが問題を解決できる」という発言に見られるように、民主的手続きを軽視している。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのジョージ・ウィル氏はマックス・ウェーバーによるカリスマ的権威の分析を引用し、「大衆がトランプ氏のカリスマを渇望しているということは、アメリカ国民が魔術的な救世主に対して従来にはないほど受動的で簡単に信じ込みやすくなっているということだ。そうした社会規範と国家の性格の変化がデマゴーグの台頭に一役買っている」と主張する。さらに言えば、トランプ氏は人生を通じて家業の経営者としてキャリアを積んできたが、それだけでは権力分立という行政管理者に求められる要件と相容れない。雇われ経営者と同様に、大統領や首相は国家に雇われている身分である。トランプ氏の「ビジネス感覚」なるものは、むしろ独裁者に適合している。(つづく)
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