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2016-10-19 16:25

日ロ首脳会談は、功を急ぐな

角田 勝彦  団体役員、元大使
 軍事を含む外政において最大の危険は功を急ぐことである。多くの場合、その背景には客観性を欠く楽観的観測と成功への過大な期待がある。12月15日の日ロ首脳会談を前に展開されている安倍外交が、外務省などの補佐よろしきを得て、悔いを千載に残す過ちを起こさないことを祈る。とくに岸田外相及び世耕経産相(ロシア経済分野協力担当大臣)を含む事務方が、事前にロシア側との打ち合わせを尽くし、首脳会談の準備に万全を期すことが必要である。安倍総理は、良かれ悪しかれ曲がりなりにも憲法改正への糸口を付けた。さらに北方領土問題にめどを付けられれば、戦後の大宰相として後世に名を残すことは確実だろう。彼がもっとも尊敬するという祖父岸信介総理の夢の実現ともなろう。1月総選挙があるかないかは知らないが、実施の契機ともなろう。これとともに、直面する問題として、彼の脳裏にあるのは、新中華帝国建設を模索している習近平政権を、できるだけ対立を避けつつ平和的台頭の枠内に封じ込めることであろう。これにロシアを抱き込めれば戦略的勝利になろう。

 さて、安倍総理は5月のソチでの首脳会談で、平和条約締結に向けた「新しいアプローチ」を提唱した。プーチン大統領に、経済分野など8項目の協力プランを提示し、全面的な日ロ関係の発展と、首脳間の信頼に基づく領土問題の解決に強い意欲を示した。8項目とは、(1)健康寿命の伸長、(2)快適・清潔で住みやすく、活動しやすい都市作り、(3)中小企業交流・協力の抜本的拡大、(4)エネルギー、(5)ロシアの産業多様化・生産性向上、(6)極東の産業振興・輸出基地化、(7)先端技術協力、(8)人的交流の抜本的拡大である。「協力プラン」の責任者として、経産大臣でもある世耕氏が、ロシア経済分野協力担当大臣を兼任し、同大臣の下に全ての関係省庁を総理官邸が直轄する体制となっている。その後9月2日のウラジオストク会談は3時間に及び経済協力の具体化を協議し、12月15日には首相の地元である山口県長門市で日ロ首脳会談が開催されることも合意された。11月にペルーでも政治対話を重ねる予定である。

 問題は、石油や天然ガスの価格低下とウクライナ問題に端を発する経済制裁の影響を受け、経済状況が芳しくないロシア側が、日本からの経済協力に食指を動かしている反面、このため北方領土で妥協する意図が見られないことである。これでは従来のように食い逃げされる、との国内の反対意見も強い。それどころか、安倍政権は「ロシアが北方領土は日本に帰属すると認めないままでも、領土が戻るなら平和条約を締結するとの方向で検討に入ったとの報道すらある(10月19日共同ニュース)。なお、日本の対ロ接近については、ウクライナ問題を主因として米欧から反発が出て、問題になっている。とくに米国は1950年代に始まった日ソ交渉以来いわゆる北方四島の返還要求を支持してきており、日米安保体制を別にしても、その意向は無視できない。

 安倍総理も9月19日にニューヨークで民主党大統領候補のクリントン前国務長官と会談した際には(共和党のトランプ候補とは会談しなかった)、「ウクライナ危機などについて欧米と引き続き連帯してゆく方針である」ことを強調する一方で、「日本はロシアとの対話機会を模索しなければならない」と主張したともいう。同席したキャンベル前米国務次官補は、10月5日、クリントン候補が北方領土交渉で打開を目指す安倍政権の対ロ接近について「戦略的な知恵だ」と述べて、理解を示していたことを明らかにした。

 このほかにも安倍総理は、日ロ接近が日米関係に悪影響を与えないよう、また日本の印象を改善するよう、いろいろ配慮しているように見える。TPP法案の審議促進も、クリントン候補の本音を察した上でのことかもしれない。南スーダンPKOへの陸上自衛隊派遣と「駆けつけ警護」任務の付与も、米国が歓迎する安保法制の実績作りのためかもしれない。またフィリッピンのドゥテルテ大統領の訪中に続く訪日もある。ただし、確かにフィリッピンの動きは、米中関係、とくに南シナ海問題に大きな影響を与えるだろうが、米比間には、米ソ冷戦終了後、米軍が在比基地から撤退し1995年を最後に米比共同の軍事演習も取りやめとなったが、中国の進出から1998年に「訪問米軍に関する地位協定」が締結され、1999年に共同軍事演習が再開された経緯もある。フィリッピン国民は親米反中であり、ドゥテルテも経済協力目的で、気まぐれらしい。中国がどのようにドゥテルテ懐柔に努めるかはみもので、南シナ海問題で進展がなければ、中比接近を過大視する必要はなかろう。東風と西風が吹き乱れているが、台風にはなりそうもない。功を急がず、実態を見て冷静に動くことが大切である。
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