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2016-09-27 05:35

北方領土返還で「ハボシコ解散」は可能か

杉浦 正章  政治評論家
 首相・安倍晋三が戦後政治史でまれに見る解散・総選挙に打って出るかどうか、永田町が固唾をのんで見守っている。歯舞・色丹の返還を軸とする「ハボシコ解散」だ。筆者が「安倍はどっちみち4島返還は永遠に無理なら『2島プラスα』で妥協して、1月通常国会冒頭解散・総選挙で国民の信を問うことも考えるべきだろう」と提案したのは、9月1日のこと。これが解散風のきっかけとなったのだろう。朝日、読売、産経、日経、週刊朝日などが最近相次いで、北方領土返還・日露平和条約締結で国民の信を問う解散・総選挙があり得ると報じ始めた。しかし「2島プラスα」といってもことは簡単ではない。歯舞・色丹返還はあり得るとしても、焦点が「国後・択捉の将来の返還」に向けての「プラスα」部分に絞られるからだ。おそらく安倍が今対露交渉で躍起になっているのは「4島の日本帰属」を明確にできるかどうかの一点に絞られるだろう。「4島帰属明記」と「歯舞・色丹返還」なら、総選挙は「自民党圧勝」の構図となり得る。

 蓮舫はものを知らない。党首なら戦後史くらいは頭に入れておけと言いたい。時事放談で北方領土返還と総選挙の可能性を問われて、「外交案件を争点に選挙とは違和感が残る」と発言したのだ。戦後外交を争点にした解散・総選挙は2回ある。一つは1969年末の解散で、佐藤栄作が悲願であった沖縄返還を成し遂げ、その余勢を駆って行われた解散・総選挙だ。沖縄返還を確定させてから解散したため「沖縄解散」と呼ばれており、自民党が300議席を達成した。他の一つは1972年11月に田中角栄が日中国交正常化を背景に解散したものだ。しかし列島改造論でインフレが進んだこともあって、自民党は不振だった。

 安倍が考えているとすれば「沖縄解散」の轍(わだち)をたどることだろう。この安倍の心中を察したか、財務相・麻生太郎が最近派閥の会合で「1月解散はあり得る。しっかり準備しておけ」と指示している。安倍が通常1月に設定する自民党大会を3月にしたのも、1月に総選挙の日程を入れるためとの見方がささやかれている。それでは解散風の根拠である肝心の日ロ交渉の進捗ぶりはどうなっているのだろうか。見たところ、これまでにない高まりを内包していると判断せざるを得ないだろう。安倍が「交渉を具体的に進める道筋が見えた」と発言すれば、プーチンも「この問題で決定的な一歩を踏み出す用意がある」と踏み込んでいる。安倍が「ロシア経済分野協力担当相」を新設すれば、プーチンは9月23日、日本との経済協力を担当するポストの新設を決めた。そこには経済援助で釣って領土の譲歩を引き出そうとする安倍と、領土で釣って経済援助を引き出そうとするプーチンの思惑が、まさに垣間見えるのだ。幸いにも文句をつけそうな米国のオバマはレームダック化している。次期大統領が誕生する1月までは、米国は干渉はしにくい。だいいち日露平和条約は対中包囲網となることから、アメリカの世界戦略にもマッチする。

 プーチンと安倍は既に15回の会談を繰り返しており、11月にはペルーで開かれるAPEC首脳会議の際に会談して、12月15日の安倍の選挙区・長門での首脳会談へとつなげる。プーチンは5日、杭州で記者団に「ソ連は1956年に長く粘り強い交渉のあと、日本と宣言に調印した。そこには南の2島(歯舞・色丹)が日本側に引き渡されると書いてある。しかし『引き渡される』とは書いてあるが、どのような条件で引き渡され、どの国の主権が保持されるのかは書いていない。」と説明したのだ。その姿はロシア国民を一から教育し、誘導しようとする姿勢と受け取れる。こうして日露両国首脳が発信源となって、北方領土問題が戦後70年にしてようやく動きそうな気配となってきているのだ。この機会を逸すれば予見しうる将来において北方領土問題の解決はないし、日露平和条約も締結には至らないだろう。すべては安倍とプーチンの個人的関係にかかっているからだ。まさに崖っぷちの交渉であるといえるだろう。

 返還を半ばあきらめつつある国民にとって、2島でも返還されれば、その衝撃は大きい。日本中が沸き立つだろう。しかし、解散・総選挙ともなれば、野党は必死にあらを探す。その焦点は、国後・択捉の返還につながるかどうかであろう。安倍が国後・択捉へつなげられなければ、野党は「国後・択捉を売った」と喧伝して回るだろう。これは訴求力が大きいとみなければなるまい。これを阻止するのは冒頭に述べた、「4島は本来日本の領土」という「四島帰属」を安倍がプーチンに確約させ、国後・択捉は将来に向けての交渉課題とし、共同宣言で文書化する必要もある。つまり、帰属問題を明記しなければならないのが基本だが、難しい外交交渉の場合、双方のメンツを立てるため「玉虫色」で決着という手段がないわけではない。明記か玉虫色か、玉虫色でも国民が納得できる表現となるかなどが、焦点中の焦点となるだろう。おそらく日露の水面下における交渉は、すさまじいせめぎ合いとなっていることだろう。
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