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2016-09-09 06:25

安倍がドゥテルテ対策で米の失策をフォロー

杉浦 正章  政治評論家
 取材記者らは専ら、中国の領有権を否定した常設仲裁裁判所の判決が東アジア首脳会議(EAS)の共同声明に具体的に文字として盛り込まれるかどうか、が焦点のように報じ続けたが、大局を見ていない。浅薄すぎる。とりわけ朝日は9月9日「南シナ海仲裁判決焦点にならず閉幕」と相変わらずの中国が大喜びしそうな報道ぶりだが、実際は焦点になったのだ。その上、文中で「フィリピンのドゥテルテ大統領も判決に言及しなかった」と大誤報をしている。時事電では具体的に言及している。大会議の取材は本筋をつかむことが難しいが、首相・安倍晋三と、オバマと、比大統領・ロドリゴ・ドゥテルテなどが、中国大敗北の判決に言及すれば十分だ。総じて、中国の首相・李克強は安倍の“攻勢”にたじたじの様相であった。安倍の中国封じ込めの国際世論喚起は、杭州でのG20に続いて、紛れもなく成功したのだ。当分中国は静かにするだろうが、習近平は南シナ海制覇の野望を捨てていない。焦点のスカボロー礁の埋め立てへと動くのは時間の問題だろう。

 忘れてはならないのはASEANというのは、異論は異論として認め合う極めてゆるやかな結束なのである。対中関係も領有権でぶつかってきたフィリピン、ベトナムと、中国から多額の援助をうけているラオス、カンボジアとは全く相いれない外交を展開してきている。したがって安倍やオバマが中国による南シナ海の軍事基地化を阻止しようとしても、もともとASEAN諸国は足並みを揃えて賛同するわけがないのだ。こうした中で予想外のハプニングが生じた。“暴言王”ドゥテルテが、オバマを「売春婦の息子め」と記者会見で侮辱する発言を繰り返し、ついにオバマが怒って会談を拒否してしまったのだ。さっそく李克強は会議でドゥテルテに接近、「鉄道敷設で力になる」と甘言ですり寄っている。

 ドゥテルテは外交・安保など全くのど素人であり、動物的な直感だけで対応している。オバマが2000人近い麻薬密売者を殺害している現況を捉えて、人権問題として戒めようとしたのに過剰反応したのだ。一代で大会社を築き上げたワンマン社長によくみられる、自信過剰と独善性を兼ね備えた人物であり、自分の琴線に触れる発言は許そうとはしないのだ。対中関係では毅然(きぜん)たる態度を取ってきたアキノとは大違いであり、米国にとっては大誤算であった。下手をすれば肝心のフィリピンを中国側に追いやることになりかねないからだ。ここはオバマがぐっと自分のことは我慢して大局から判断し、会談を実現して説得することが正解であり、オバマにしては珍しい失策となった。

 そこに大きな貢献をしたのが安倍だ。詳細は報じられていないが、安倍はドゥテルテと会談、南シナ海をめぐる問題について、法の支配の重要性等について意見を交換、調停仲裁の判断も踏まえ、紛争の平和的解決に向け,協力関係を強化していくことを確認したのだ。安倍が中国の海洋進出の危険性について、「一から教えるように諭した」(外務省筋)のだ。さらに安倍は約165億円の円借款で大型巡視船2隻を新たに供与、海上自衛隊の練習用航空機を貸与することも改めて確認した。ドゥテルテからは感謝の表明と「日本とフィリピンは常に良好なパートナーであり、今後とも協力関係を深化させたい」との発言があった。また,安倍はドゥテルテの“泣き所”もうまく突いた。ドゥテルテが幼少時代から育って7期も市長を務め、愛してやまないダバオ市の都市インフラ開発計画策定への支援を表明したのだ。ドゥテルテは「日本はダバオ市の発展に多大な貢献をしており感謝している。日本のJICAの支援の目的は地域の発展であり、フィリピンとしてその役割に信頼を寄せている」旨述べた。こうして安倍はドゥテルテと新たな関係を築くことに成功したのだ。安倍の説得を受けたドゥテルテは、朝日の誤報とは逆に、東アジア首脳会議で仲裁判決に言及した。時事によるとドゥテルテは、仲裁判決について「今や海洋分野に関する国際判例の一部となっている」と指摘。仲裁判決や国際法に合致した「ルールに基づくアプローチ」で、南シナ海紛争の平和的解決を模索する考えを示したのだ。こうして対中封じ込めの日米タッグマッチは、オバマの失策を安倍がフォローして事なきを得た形となった。

 したがって、安倍とドゥテルテの新たな関係が今後中国の南シナ海への理不尽な進出を止めるくさびとして作用する流れとなった。フィリピンの目と鼻の先のスカボロー礁の中国軍事基地化阻止は、日米の対中戦略の要である。オバマのレームダック化で次期米大統領が登場するまでは、何としても安倍が対フィリピン関係で役割を果たさなければなるまい。早期にドゥテルテを日本に招待して一層の関係を築くくべきだろう。中国はASEAN諸国との間で、法的拘束力を持つルール「行動規範」の策定に向け、来年中ごろまでの枠組み合意を目指して交渉を加速させることで一致したが、これは、“空証文”にすぎないとみる。「行動規範」は各国の行動を法的に規制し、紛争防止を図るものだ。しかし、それまでの間スカボロー礁に中国が進出しないという約束はないし、ずるがしこくも米海軍の巡視を口実に「行動規範どころではない」と先延ばしにする可能性も十分にある。要するに南シナ海の問題は、日米を中心とする海洋進出阻止の動きと、中国の既成事実化の動きのせめぎ合いであり、この構図は予見しうる将来変わらないだろう。
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