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2016-08-31 05:12

稲田は民主政権の時限爆弾に近寄るな

杉浦 正章  政治評論家
 親しい自衛隊元幹部が筆者に「我が国防衛のための戦死ならともかく、地の果てのアフリカまで行って戦死では隊員は浮かばれませんよ」と漏らした。いま自衛隊が防衛相・稲田朋美の命令により駆けつけ警護と宿営地の共同警護などを前提にした新任務の訓練を始めている。内戦状態になっている南スーダンで新任務を遂行すれば、確かに隊員は戦死を覚悟しなければならない。戦後初の戦死者が出る危険がある。1人、2人なら稲田の首が飛ぶくらいで済むが、多数の死傷者を出した場合、内閣を直撃する可能性が高い。息も絶え絶えの反戦論者を勢いづかせる。民主党の野田佳彦政権が深く考えもしないで自衛隊派遣という時限爆弾を置き、それが爆発しかねない状況なのだ。稲田は9月中旬に南スーダンを訪れ現地視察する方針のようだが、現場の実態をよく把握して判断すべきだ。南スーダンは日々緊迫感を増しており、国連は国連平和維持活動(PKO)のための軍隊4000人の増派を決め、合計1万7000人近くが活動に当たることになる。日本政府は2012年1月から陸上自衛隊施設部隊を順次派遣し、首都ジュバで道路建設などのインフラ整備にあたっている。規模は350人であり、その交代時期が11月に到来する。それを機会に、稲田はその派遣部隊に昨年成立した安保法制に基づき、実戦訓練を行うように指示したのだ。

 しかし、防衛にど素人の稲田は南スーダンでの駆けつけ警護が何を意味するか分かっているのだろうか。「部隊の派遣準備訓練を始めます。この訓練は平和安全法による新たな内容を含むことになります」 といとも簡単に言ってのけたが、テレビで見る限り官僚の作文を口写しに言っているだけで、分かっている風には見えなかった。いまのところ訓練はするが、現場で実施するかどうかの判断は派遣直前になる可能性が高い。いわば政府は稲田に観測気球を上げさせて世論の反応を見る動きに出たのかも知れない。最終的には首相・安倍晋三が判断することになろうが、やめた方がよい。なぜやめた方がよいかを説明すれば、簡単に言えば自衛隊員を戦死させ、国内政局を直撃させるほどの戦いをする“義理”は日本にないからだ。そもそも南スーダンに軍隊を派遣している国は、国連の支払う外貨目当ての発展途上国ばかりである。内乱が自国に及ぶことを警戒する周辺国が多く、加えてインド、モンゴル、ネパール、バングラデシュ、韓国、中国などであり、その「外貨」はどこの国が出しているかと言えば、世界第2位の分担金を支払っている日本が大きく貢献していることになるのだ。

 G7で派遣している国はゼロだ。旧宗主国のイギリスですら敬遠している。なぜかと言えば、アフリカにおける泥沼の内乱状態を知り尽くしているからだ。触らぬ神にたたりなしとばかりに見て見ぬ振りをしている。日本は先進国から出している非常にまれな例である。野田政権がなぜ出したかといえば、事務総長・潘基文から頼まれたからのようだが、ろくろく政府部内で議論もせずに決めてしまったのだ。将来自衛隊に戦死者が出るなどということは考えが及ばなかった模様だ。なぜなら安保法制が成立したのはその後であり、実際、日本は“別格”として、前線には出ずに「お客様扱い」(自衛隊幹部)されているのだ。野田が派遣した根底には、アメリカに135億ドルもふんだくられて、全然評価されるどころか侮辱された湾岸戦争のトラウマが依然残っている。このトラウマが、こともあろうに泥沼の南スーダンまで自衛隊を行かせたのだ。当時、防衛省は現地の治安を不安視して消極的であったが、国連平和維持活動 (PKO) 参加を外交カードとしたい外務省が押し切った経緯がある。しかし、外交カードは国連分担金だけで十分だ。これまでの自衛隊のPKO活動の中でも最も過酷なカードを切っても、ろくろく評価されていないではないか。

 散発的にゲリラが出る状況ならまだしも、稲田は内戦と言ってもよい状態の国にのこのこ派遣して、戦後初の戦死者が出かねない軍事行動を本気でさせるつもりなのだろうか。いくら右寄り思想でもそれはやり過ぎではないか。反政府勢力は何と10歳そこそこの少年兵に武器を持たせて戦わせている。1万3千人はいる反体制派の少年兵を相手に戦うことになりかねないのだ。自衛隊員は自分の息子のような少年兵に銃を向けて引き金を引けるのだろうか。それとも少年兵でも引き金を引ける訓練をするというのか。自衛隊が行う戦後初めての戦争は「子供の戦争」になるのか。スジの悪さにおいては札付きの場所である。元陸上自衛官の参院議員・佐藤正久は「自分の部隊が道路整備中に襲われ、助けてくれと言う無線が入っても、今は助けにいけない」 と、安保法制実行の必要性を説くが、そんな危険があるところで道路整備などする必要も、義理も無い。また正当防衛は認められており、反撃すればよいのだ。「日本の民間人が助けてくれと言っても、助けられない」というが、はっきり言ってリスクを承知で商売する方がおかしい。

 要するに、外貨目当ての1万7千人ものPKO国連部隊が、治安に当たるのだから、350人の自衛隊が“出る幕”をあえて作る必要がどこにあるかということだ。過ぎたるはなお及ばざるが如し。後方で書類整理でもさせるか、早期撤退を検討すべき時だ。自衛隊員の心境を察すれば、日本防衛のために自衛官に応募したのであり、周辺国の侵略には命をかけるのも厭わないが、アフリカの泥沼状況下で訳の分からぬ戦いで戦死することは全く不本意であろう。家族もそう思っているに違いない。戦死者が出るようになれば、国論は必ず二分する。反戦論者が有利になり、これが物語るものは、内閣支持率がエレベーターのように急落することだ。総選挙で大敗しかねない要素だ。安倍は内政・外交共にやるべきことが山積しており、民主党政権の置いた時限爆弾などに近寄る必要など全くない。いうまでもなく、PKOには平和維持活動により、新政府を支援して、民主主義国家を樹立するという崇高な目的がある。南スーダンの人道危機も重要だ。しかし、戦争により“殉職馴れ”している国と、戦後一発も銃弾を発射していないばかりか、戦死者ゼロの日本のケースは、別次元の問題だ。世界にはリスクの取れる国とリスクを取れない国があるのだ。
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