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2016-08-24 13:33

8月クーデターから四半世紀を経て感じたこと

飯島 一孝  ジャーナリスト
 1991年8月に旧ソ連で起きた、保守派によるクーデター未遂事件から25年が経過したと新聞報道で知り、当時モスクワでこの事件を取材したことを昨日のように思い出した。ソ連軍との衝突で反クーデター派の市民3人が犠牲になった8月21日、当時の参加者らが追悼集会を開いたが、その集会はテレビで放映されなかったという。ロシアの状況が当時とすっかり変わったなと改めて思い知らされた。8月クーデターは、ソ連の保守派と民主派がポスト・ソ連の路線を巡って激しく争っている時期に、保守派が起死回生の実力行使に出たものである。ところが、当時のゴルバチョフ・ソ連大統領は保守派に乗らなかったばかりか、エリツィン・ロシア大統領が率いる民主派の強い抵抗に遭い、保守派の“天下”は3日で終わった。その引き金になったのが、市民3人の犠牲だった。

 民主派はこの後、旧ソ連の実権を握り、ソ連解体に突き進んだ。つまり、8月クーデターはソ連解体の直接のきっかけになった事件で、民主派は毎年、3人の慰霊碑の前で追悼集会を開き、彼らの勇気を称えてきた。だが、プーチン大統領が登場してから民主派は国会議員も出せないほど、痛めつけられ、新生ロシア全体が保守派一色になっているといっても過言ではない。

 この事件当時、私はモスクワ特派員になったばかりで、現場取材を担当していた。3人が死亡した時は、民主派が立てこもった最高会議ビル(現在の政府庁舎)を市民が「人間の鎖」作戦で幾重にも取り囲み、体を張ってソ連軍の攻撃から守ろうとしていた。私も取材中にその輪のなかに入り込み、軍隊が来たらどうしようと正直、震えていた。そのとき、3人は最高会議ビルに迫っていたソ連軍を止めようと、装甲車部隊に襲い掛かり、銃殺されたのだ。この英雄的な抵抗がなかったら、ソ連軍は最高会議ビルに突入して、流血の大惨事になったに違いない。そうなれば私もどうなっていたか、と思うと恐ろしくなる。

 結局、ソ連軍はビルを囲んだ民主派の数の多さや、大規模な流血による国際世論の反発などを考慮して実力行使を断念、民主派に屈することになった。今でも「人間の鎖」に加わった若者たちの熱気を思い出し、「あの時の若者はどこへ行ってしまったのだろう」と思わずにはいられない。その疑問を解消してくれるかも知れない下院総選挙が9月18日に行われる。450議席のうち現在、過半数の238議席を与党「統一ロシア」が占め、残りもプーチン大統領支持の「体制内野党」である。つまり、民主派はもちろん、反プーチン派も、独立系議員もいない。まさに、オール与党体制なのである。この体制を覆そうと、民主派の「人民自由党」や改革派の「ヤブロコ」が候補を立てているが、議席獲得の可能性は低いというのが大方の見方だ。与党の都合のいいような選挙の仕組みができているうえ、民主主義への国民の期待が薄れているためだ。25年前の市民の熱気は、あだ花だったのだろうか。
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