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2016-08-01 10:42

「ASEAN マイナスX」モデルは可能か?

鍋嶋 敬三  評論家
 東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議(7月25日)の共同声明には、南シナ海における中国の主権を否定したハーグの常設仲裁裁判所の決定が盛り込まれなかった。この事態を受けてASEANの内部に中国との関係をリセット(再設定)する必要性の認識が強まってきた。ASEANの運営は全会一致の原則(ASEAN方式)だが、南シナ海問題では中国の露骨な介入で、親中派のカンボジアが「ハーグの決定」を共同声明に入れることに強硬に反対した。中国は会議の一週間前に同国に対して6億ドルの借款を供与、フン・セン首相は会議開催の前から仲裁裁判所の決定に反対を表明、巨額の援助に屈した印象を世界に与えた。カンボジアはASEAN議長国を務めた2012年、共同声明が出せなかった前歴がある。

 大国の介入で分断されたASEANの行方はアジア太平洋情勢に大きな影響を与える。地域の支配権をめぐる米中両国の対決機運が高まるにつれ、日本、米国、豪州、インドなど自由・民主主義国グループが曲がり角に来たASEANに対してどのような関与が適切か、改めて検討が必要になるだろう。シンガポールのバラクリシュナン外相はメディアに「一連の会議はASEAN・中国関係にリセット・ボタンを押して、より前向きの道筋に戻す機会になった」と語った。同国はインドネシアとともに南シナ海での領有権紛争の当事国ではないが、中国の一方的な岩礁の埋め立て、軍事拠点化に批判的な立場を強めてきた。

 仲裁裁判で「勝訴」したフィリピンでは、デラサル大学のヘイダリアン教授がストレーツ・タイムズ紙への寄稿で、ASEANの欠陥について「全会一致による意思決定という制度設計上の問題であり、どの国も事実上の拒否権があるために機能不全を招く」と批判した。外相会議に見られるように「統一よりも、分裂を招くことになった」という。同教授はASEANの東アジアにおける存在感の低下につながることを憂慮しており、「ASEANマイナスX」という多数決方式の導入を検討する時期だ、という判断を示した。ASEANのレ・ルオン・ミン事務総長は「重要な問題について、より効果的に合意に達するプロセス」の在り方を探っていると伝えられる。

 その一つが「ASEANマイナスX」モデルだ。ASEAN内部の取り決めに加わらなかった諸国は、後の段階で参加が可能になる選択肢を与える方式である。これは現在、経済関係に限定され、ブルネイとシンガポール間の電気通信サービスの自由化取り決めの例がある。ASEANは当初の5ヵ国が10ヵ国に拡大、後発開発途上国のカンボジアやラオス、ミャンマーなどは中国の巨大経済圏の影響下にあり、政治的にも中国の圧力に抗しがたい現実がある。拡大に伴い、利害が相反する国々が増えれば、欧州連合(EU)と同じく意思統一の難しさが露わになる。2017年に設立50周年を迎えるASEANは、その存在意義とする統一性と信頼性を取り戻すために中国、日本、米国などの大国との関係をどう安定的に作り上げるか、ASEANに突き付けられた喫緊の課題である。
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