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2016-06-09 06:51

スカボロー礁は米中激突の危機内包

杉浦 正章  政治評論家
 南シナ海のきな臭さは尋常ではない。中国が西のパラセル諸島、南のスプラトリー諸島の人工島造成に次いで、東のスカボロー礁にまで触手を伸ばそうとしているからだ。この3か所を結べば、南シナ海における「牛の舌」と呼ばれる中国の戦略拠点が完成する。完成すれば、中国は防空識別圏を敷く。牛の舌に南シナ海は舐め取られることになる。米太平洋軍司令官ハリスが「砂の長城」と呼ぶ人工島戦略の完成である。オバマがフィリピンの眼前のこのスカボロー礁に人工島を作らせるか作らせないかは、習近平の海洋膨張戦略を食い止められるかどうかの決定的ポイントとなろうとしている。月内に予定されているオランダの常設仲裁裁判所の判断が、すべてのスタートとなる。

 防衛相らのシャングリラ会議とこれに続く米中戦略・経済対話における米中のせめぎ合いは、煎じ詰めればすべてスカボロー礁問題に集約される。まさに米中激突の構図が浮き彫りとなった。まず米国防長官アシュトン・カーターが、中国が埋め立てを開始する場合について「米国や各国は行動を起こすことになる」と言明した。さらにカーターは「中国は仲裁裁判所の判断に従う必要がある」と強調した。この「行動を起こす」という言葉は言うまでもなく軍事行動を意味しており、よほどのことがない限り米政府高官の口から出る言葉ではない。国際海洋法条約に基づいて設置されている同裁判所の判断は、中国に不利なものになることを察知した上での発言である。これに対して中国統合参謀部副参謀長の孫建国は、「少数の国が混乱を起こすのを座視しない」と猛反発した。国務委員の揚潔チも「仲裁裁判を受け入れないという立場は変わらない」と受け入れ拒否を明確にした。まさに中国の「核心的利益」は死守するという立場の表明である。一方、防衛相・中谷元はカーターと歩調を合わせ「中国が判断に従わなければ、法の支配を重視する観点から日本としても強く声を上げざるを得ない」と旗幟(し)を鮮明にさせた。自衛隊は既に、スカボロー礁と目と鼻の先にあるスービック湾に護衛艦や潜水艦「おやしお」を入港させたりしており、米軍と歩調を合わせて一種の示威行動を展開している。米国はスービック湾に海軍基地を再開する方向で準備を進めている。

 最大の影響を受けるフィリピンは、大統領アキノが「米国はフィリピンを守らなければ、地域からの信頼を失う」と、スカボロー礁がフィリピンの主権の範囲であることを鮮明にした。確かに排他的水域の200カイリ内に、ずかずかと入り込んできて同礁の実効支配を続ける中国には、主権国家として我慢できないものがあろう。問題はアキノの任期が6月30日で終わり、トランプに似たロドリゴ・ドゥテルテが大統領に就任することである。一時は対中対話姿勢に転じそうな気配もあったが、最近では「自国の権利を譲ることはない」と言い出している。中国もドゥテルテ抱き込みを狙っていると見えて、外務省報道官の洪磊が「対話のドアは常に開かれている」などと発言している。次期大統領が腰折れになっては元も子もなくなる危険性は存続する。ドゥテルテをめぐって米中の抱き込み合戦が展開される。

 こうした中で、米国の対中抑止戦略はどのように進展するのだろうか。まず、中国を心理的に追い詰めようとするだろう。仲裁裁判所が判断を出せば、中国は当然拒絶する。同裁判所は中国も締約国である国際海洋法条約に基づいて設置されたものであり、拒絶は「法の支配」の原則を白昼堂々と無視することになる。これを米国は国際世論に訴え、「中国異質論」に拍車をかけることになろう。もちろん大多数の国は対中批判に回り、中国は孤立する。既にインドネシア大統領のジョコ・ウィドドは、同国が南シナ海での係争国ではないにもかかわらず、「裁判所の判断は尊重されるべきだ」と言明している。中国から鉄道を敷設してもらっていることなど度外視して、批判に回っている。米国は国際世論をまず味方につけるだろう。軍事行動はその上でのことである。

 そうこうするうちに、米国はスービック湾に海軍基地を再開して地歩を築くことが予想される。かつては世界一の海軍基地であったが、米軍がここから撤退したことが中国の進出を許したことは、紛れもない史実だ。その反省にたっての動きとなるだろう。こうした動きに対して中国がどう出るかだが、もし性急にスカボロー礁の埋め立てに乗り出せば、米国は第7艦隊を派遣して阻止行動に出るだろう。米中直接対決になる。弱虫オバマが在任中にその事態に発展させるかどうかは別にして、国務省、国防総省は共にスカボロー礁の戦略的価値は「死守するに値する」という点で一致している。日本にとっても、スカボロー礁問題で米国が敗退すれば、次に中国が触手を伸ばすのは東シナ海であることは目に見えている。何らかの協力は不可欠となろう。こうした動きを知って習近平が、あえて火中のクリを拾うかどうかは予断を許さない。中国は、隙を見せれば必ず砂の長城を完成に導こうとするが、隙がなければ「待ち」の姿勢に転ずる国である。しかし、基本戦略を変えることはない。いずれにせよ仲裁裁判所の判断以降の南シナ海は「波高し」となる。固唾をのんで見守る必要がある。
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