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2016-04-26 06:51

北方領土問題をサミットで協議せよ

杉浦 正章  政治評論家
 来日したロシアのラブロフ外相の発言から見ると、北方領土問題でのロシアの姿勢はかたくなであり、日本は一見外交上のアドバンテージをを持っていないかに見える。しかし、首相・安倍晋三との会談におけるロシア大統領・プーチンの出方によっては、ロシアはますます孤立化の様相を呈するのが今後1か月の外交展望だ。有り体に言って首相・安倍晋三にはサミット議長国として、国際社会の世論に大きな影響を及ぼす事が可能であり、米欧の対露強硬姿勢に火をつけることもできないわけではない。議長声明で北方領土に強く言及するチャンスでもある。したがって5月6日の日露首脳会談は5分と5分の渡り合いになる。比較すれば、首相・安倍晋三の対露外交姿勢には“善意”が見られるが、プーチンのそれにはロシア外交独特の“策略”が感じられて、不快感が先行しがちだ。安倍との会談についてプーチンは記者団に「米国を中心とする圧力にもかかわらず、日本は対露関係を維持しようとしている」と発言したが、これは早くもG7分断に出たかと感じさせるものだ。安倍は北方領土の進展に積極的であり、度重なる会談を通じてプーチンにその熱意は伝わっている。相手の力を利用するのが柔道の基本だが、プーチンはその手を使ってG7を分断して、自らの置かれた窮地から脱出しようとしているかに見える。まさに「溺れる者はわらをもつかむ」が如き姿勢が読み取れる。

 クリミア併合で達成した爆発的な支持率を維持したいプーチンの本音を読み解けば、いま返還の「への字」すら言えないときであろう。領土は支持率に直結すると思い込んでしまっているのだ。支持率は最近の国内経済の悪化を反映して80%から10ポイント下落したが、それでも歴代大統領と比較すれば雲泥の差がある。それほどクリミア併合はロシア国民のナショナリズムを刺激したのである。したがって、北方領土で安倍に「甘い言葉」は出すに出せないのが現状であろう。それではなぜ安倍がソチに行くかであるが、世界情勢を大局的に見ているからであろう。極東は大国化した中国の東・南シナ海への進出、北朝鮮の核ミサイルによる威嚇によって極めて厳しい環境に置かれている。辛うじて対露関係だけは安倍・プーチンの個人的関係によってそれほどのあつれきは生じていない。もし対露関係が悪化して、北方からの軍事脅威まで発生すれば自衛力は分断され、日本の安全保障情勢は最悪の状態に陥る。安倍はそこを見て対露関係を維持しようとしているのであり、これはとりもなおさず中露分断にもつながる大きな効力を持つ。北方領土も大切だが、現在の状況ではまず極東の緊張緩和が何より必要ということであろう。これに米国が反対する理由もないのである。

 北方領土は先に来日した外相・ラブロフの発言から見て大きな進展は難しい。外相・岸田文男がラブロフとの会談後「交渉に弾みを与える前向きな議論が行えるようになった」と発言したが、またまた日本の政治家が陥る罠(わな)にはまったかのように見える。北方領土交渉の歴史は外相・三木武夫が首相・コスイギンから「中間的な措置」を約束してもらったと騒いで、ぬか喜びに終わった事が象徴するように、ロシア側が振りまく“幻想外交”に振り回されてきた。安倍は抜かりはないと思うが、この“幻想外交”の罠にはまってはなるまい。プーチンの「引き分け」発言も幻想めいている。むしろロシア側にシベリア開発の“幻想”をほのめかすくらいの対応が、鈍感なロシアの熊を分からせるのには必要かも知れない。翻って、国際情勢の大局を見れば、合い言葉は「力による現状変更」である。世界は中国の東・南シナ海への進出、とりわけ南シナ海の埋め立てと軍事基地化、北の核ミサイル開発、そしてロシアのクリミア併合と武力を前提にした現状変更の時代に突入している。ラブロフがいみじくも北方領土に関して「第2次大戦の結果、北方四島は戦勝国ソ連のものになった。敗戦国日本には、口を出す権利はない」と発言しているのは、元祖「力による現状変更」がイケシャアシャアと言っているに過ぎない。語るに落ちているのだ。

 したがって5月26、27日のサミット議長として安倍はここに目をつけるべきであろう。世界が守るべき大原則に言及するのだ。ウクライナ危機でロシアが踏み込んだ「力による現状変更」は、西欧諸国のみならず、日本としても決して容認できないし、北方領土も、中国の東・南シナ海進出も全く同様である。議長声明でG7の総意としてこれらの問題を「力による現状変更」として指弾するのだ。既に過去のサミットでは、北方領土問題を話し合っている。1990年のヒューストン・サミットの議長声明では「日ソ関係正常化の上で不可欠な措置としての北方領土問題の早期解決を支持する」と言及。1991年 ロンドン・サミットも議長声明で北方領土問題の解決が望まれる旨が強調されている。1992年ミュンヘン・サミットでも北方領土問題がグローバルな重要性をもつG7全体の共通の関心事項であることを確認した。海部俊樹と宮沢喜一が残した数少ない成果の一つであった。サミット議長国はこうした力をより強力に発揮できるのであり、GDP世界10位の“大国”ロシアに強いけん制球を投げる姿勢が不可欠なのであろう。オバマが大喜びすることは間違いない。

 
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