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2016-03-19 15:27

(連載1)アメリカ大統領選挙に見る国際主義の衰退

河村 洋  外交評論家
 オバマ米大統領が「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と発言した時には国際世論は当惑した。しかし、もっと重要な問題はアメリカが世界への民主主義の普及に積極的に取り組むかどうかである。アメリカは今も民主主義の普及を外交政策上の必要命題としているという見方は広まっている。しかし、カーネギー国際平和財団のトマス・カロザース氏は「オバマ政権下において民主主義支援への援助の予算は28%も減額されている。アメリカ国際開発庁はその最も深刻な犠牲者で、これによって中東アフリカでのプロジェクトは大幅な縮小を余儀なくされた」と指摘する。このようになったのも、アメリカ国民と政策形成者達が民主主義への援助に懐疑的になっているからである。

 国際舞台でのイラク戦争に対する激しい批判がアメリカ国民を孤立主義に追いやったことに疑問の余地はないが、それは9・11テロ攻撃に対する防衛的反応があれほどまでに厳しく非難されたからでもある。「アラブの春」の失敗によってアメリカは民主主義の普及にはさらに消極的になった。アラブの論客達はこの地域の腐敗と不安定化は欧米とシオニストによるものだとしているが、その原因の多くは彼らの社会の中にある。かれらは、社会経済格差と民族宗派によって引き裂かれているのみならず、その反アラブ主義のスローガンにもかかわらず統一に向かう気配はほとんどない。法の支配と政治参加も不充分である。国際社会とアラブ世界でのそのような反応を受けて、オバマ大統領は「世界の警察官から降りる」ことを口にするようになった。それによってオバマ政権は国際社会を当惑させた。

 アメリカの同盟諸国は今回の選挙によってオバマ政権による超大国の責務放棄が覆されるように切望していた。しかし、事態はむしろ逆になりかけている。民主党でも共和党でも孤立主義が台頭している。それはアメリカの長年の同盟国にとって失望すべきことである。忘れはならぬことは、民主主義の普及と同盟の形成は相互に絡み合って戦後のアメリカ外交政策の中核をなしてきたということである。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は自著の『アメリカが作った素晴らしき世界』で、この二つがどのように相互作用しているかを述べている。アメリカは常に同盟国を伴って戦争を戦っているが、ソ連と中国は事実上単独で戦ってきた。「ベルリンの壁」の崩壊からほどなくして、旧ワルシャワ条約機構諸国はNATOに加盟した。旧ソ連構成共和国のウクライナとジョージアもこれに追従しようとしている。太平洋側ではフィリピンや旧敵国のベトナムまでの東南アジア諸国がアメリカのプレゼンスによる中国の脅威の排除を望んでいる。実際にはこの地域の国々はアメリカにも中国にも支配されたいとは思わず、ただ自国の独立を求めているだけであるにもかかわらずである。

 こうした国々がアメリカの覇権を受け入れているのは、アメリカには領土的欲望もなければ、他国の主権を侵害する意図もないからである。また民主主義の価値観は国際舞台でのアメリカの指導力を強化する。ジョセフ・リーバーマン元上院議員とジョン・カイル元上院議員は昨年12月にアメリカン・エンタープライズ研究所が発行した国際主義推進のための報告書で「アメリカが指導力を発揮するためには、自由の原則に基づいて安全保障と繁栄を相互一対で追求してゆかねばならない」との見解を詳細に述べている。さらに両元議員は『カタリスト』誌1月20日号での連名投稿で、アメリカの価値観の普及と国益の追求の関係について「人権と民主主義の理念への支援は、単なる利他主義ではない。民主主義諸国は、アメリカと戦争することも、テロ支援に走ることも、難民を流出させることもない。民主主義の国であればアメリカと同盟関係になり、経済でもより良いパートナーになってくれる」と主張している。

 しかし全ての候補者がこうした外交政策上の財産の重要性を理解しているわけではない。特に共和党のドナルド・トランプ氏はアメリカからのメキシコ人やイスラム教徒の締め出しばかりか、シリアと北朝鮮への非関与を主張する一方で、民主党のバーニー・サンダース氏はほとんど国内の社会経済格差にかかり切りである。今回の選挙での各候補の外交政策に触れてみたい。今次選挙の候補者の間では、マルコ・ルビオ氏が全世界へのアメリカの価値観の普及に最も積極的である。ルビオ氏の外交政策での基本的な考え方は国際社会での特別な役割を強く意識するアメリカ特別主義であり、オバマ政権はアメリカを他の諸外国と同一化しようとしていると嘆いている。その結果「我が国は同盟国から信頼されなくなった。敵対国からも恐れられなくなった。そして世界はアメリカがどのような立場なのかわからなくなった」と主張する。そして中国からキューバにいたるまで専制体制に対する市民のエンパワーメントを支持している。他方、国内では厳しいテロ監視を維持するために自由法には反対票を投じた。しかし、それだけ民主主義の普及に積極的なルビオ氏は、先日に選挙より撤退してしまった。(つづく)
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